こんばんは。

本日も訪問頂き

ありがとうございます。



20代後半~30代前半に

働いていた頃のことです。



10人くらいの小さな会社でした。

社長とも直接なんでも

話せる雰囲気。



ある日お得意様のお母様の

訃報がFAXで流れてきました。

(FAX全盛の時代です(笑))



あ~大変!と社長に

連携。



弔電や、お花や諸々の

指示を受けている流れで

故人の年齢の話になりました。



90代とお聞きし、

私と同世代の同僚が

二人して、

「じゃあ、大往生ですね。」

「ねぇ。」と

言ってしまいました。



すると社長に、

「いくつになっても親を

亡くすのはつらいもんや。」と

たしなめられました。



「大往生」の言葉の後には、

だからそんなに悲しくないやん

とか、

もう充分生きたやん

みたいな、



喪失感をないがしろに

するような言葉(感覚)が

隠れているのですね。



恥ずかしさで反省は

したものの



同僚も私もまだ若く、

自分達の親も元気で

健在だったので、

「そういうものなんだあ。」

くらいの感じで

あまりわかって

なかったのです。



先日、

女優の松島トモ子さんの

100歳のお母様が

お亡くなりになったニュースを

ネットで読んで、



昔、

社長にたしなめられたことを

思い出しました。



松島さんは

お母様が亡くなる前夜

介護ベッドに添い寝された

そうです。



「お母さん、どこか痛いの?」

と聞いたところ

「怖いの」とおっしゃって

松島さんにしがみついてきたと。



死が近いことを感じて

怖がったのでしょうと

語っておられました。



松島さんは優しい。

その時できる最大限の

親孝行だと思う。



私の母も意識がなくなる

数日前から

夜中に何度も私や父を

呼び続けていました。



眠れないから止めて、

と言う私。


自分のことしか考えてない。

冷たい娘やね。


ごめんね、

死への不安だと

薄々気づいてたのに。



「なんか、淋しいねん。」

と言った母の弱々しい声が

今も耳に残っています。



松島さんみたいに

寄り添ってあげれば良かった。



母の不在には慣れて

きましたが、

思い出すときは

後悔の念ばかりです。



私の母は80歳でした。


日本人の平均寿命より

少し短いくらいかな。



たしなめられてから

ずっと『大往生』の言葉は

使わないように気をつけて

きました。




今、私はあの頃の社長の

年齢になり、

親を見送る経験を

しました。



やはり自分が

その立場になってみないと

骨身に染みるくらい

わかないものなんだなあ。



と思う晩秋のある日でした。