一年の計は元旦にあり。
美熟女の皆様の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
初詣は、神社、お寺のどちらへ行かれたのでしょうか?
どちらでも良いとされていますが、これは神仏習合によるものです。
ある統計によれば、日本人の60%内外は無宗教ともいわれています。
しかし私たちには、お正月やお盆などをはじめ、宗教的な儀式が習慣化されています。
これは神仏習合による宗教の捉え方が日常生活に根ずいているためです。
日本古来の宗教である神道では、森羅万象に神が宿るという畏敬の対象で、浄明正直(じょうめいしょうちょく)という心の在り方を基本とします。
清((浄き)、明(明るい)、正しい、直(素直な心)です。
ブッダという、悟りを開いた実在の人物によるものです。
仏教では悟りに導き、幸せになるための目的と生き方を説いています。
仏教は精神的な救いとして広く受け入れられました。
双方が同時に受け入れられるのも自然な事だったのかもしれません。
ここで問題が起きます。
仏教を信じるなら神道を否定するのか?という事です。
ここが日本的で非常に大事な点ですが、ここで神仏習合と言う
考え方を選びました。
神仏習合とは神様を否定せず仏教を受け入れるための妥協です。
別の言い方をすれば二つの宗教を信じるという矛盾を排除しない、曖昧さと共存するという知恵だったのです。
平安時代になるとこれを定義しようとして、本地垂迹説という考え方が登場します。
仏さまが本体。
神様は仏さまが姿を変えたもの。
と言うものです。
宗教におけるこの知恵を日本人は日常の習慣としてきました。
この考え方は、侘助という独特の美意識も生み出します。
不完全なもの。目立たずひっそりと存在するもの。そして朽ちていくものにも時の変化という美を見出します。
否定ではなく、排除しないという文化的思想が見て取れます
明治時代の政策としての神仏分離という事はありましたが、神仏習合は今でも続いてます。
日本人は和を重んじて真面目で勤勉と言われます。
逆に、優柔不断で曖昧。横並び主義で意思決定が遅いなどとも言われます。
それでも日本社会は、戦後においては世界が驚くような目覚ましい経済発展を遂げ、平和ボケと揶揄されるような長い平和な時代を作り、経済大国として成長しました。
個別的には問題もあると思いますが、全体として日本人は上手に適応能力を発揮してきたともいえます。
犠牲より自己利益が優先され、対立をもい問わず自己主張が叫ばれる今の時代。
敢えて言えば、他の宗教では、神をこの世を創った絶対的な存在とし、その教えを守る事が大事とされています。
日本では、神道において森羅万象の神に畏敬の念を抱き、そして祈り、仏教では悟りという幸福に至るための生き方や考え方を学ぶ。という事を宗教に見ています。
この事は、人間(ヒト)として、どう考えて生きるかという事にスポットを当てているのかもしれません。
考える事を止めた時、対立し分断をうみ衝突します。
実際には、現実的に対応しなければいけない時もあります。
そうであっても、私はこの日本人の心の持ち方としての和と寛容は、この混沌とした世界に抗い、そして知恵を生むために大きな役割を果たすと思います。
正月早々、さきいかを噛んでいたら、歯が折れました。
まる子は「そんなもん食べてるからよ。消化に悪いわよ。歯医者さんも開いてないしね」とかまってくれません。
同情のかけらもない、見た目、北川景子。口を開けば高嶋ちさ子のまる子です。
