次の朝ドラの「虎に翼」

モデルとなっているのは、

三淵嘉子さん。

その2番目の夫である幹太郎。

その父・忠彦は初代最高裁長官で、

旧会津藩の生まれであった。

しかも、伯父が萱野権兵衛という。

 

会津戦争後、

責任をとらされて切腹させられた人物。

 

斯くして居ること二年余、死一等を減ぜられ

叛逆首謀者3名を出すこと命ぜらる。

然るに会津藩固より首謀者なしと雖 大命否く難く、

家老の席順により

田中土佐、神保内蔵助、萱野権兵衛の3名を上申せり。

其内 土佐及内蔵助は既に自刃せしを以て、

生存者中の席順よりせば権兵衛にあらずして西郷頼母なり。

然るに頼母は君命を帯びて越後口に使し、其儘去って

榎本降るに及び共に罪を負うて降り館林藩に幽囚せらる、

之れがため当時行方不明なりしを以て、

やむを得ず権兵衛の順となれり

(「会津戊辰戦争」)

この切腹に際し、

松平容保と照姫から

書状を貰っている。

 

萱野権兵衛は

「今回君国の為に死するは既に覚悟の事なれば

毫も悲む所にあらざるのみならず寧ろ光栄とする

所なり。然るに我が公并に懇書を賜り且厚遇に浴

すること誠に恐懼の至に堪えず」

と言い、

明治2年(1869)5月18日切腹。

 

年末時代劇「白虎隊」では

西田敏行さんが萱野権兵衛を演じていたが、

「見てやるぞッ・・・薩長の連中がどんな国を

作るのかッ・・・どんな世の中を作るのかッ・・・

じっくりと見てやるぞッ・・・」

の最後の台詞が重かった。

 

ドラマでは会津藩に触れないかもしれないが

三淵家の甘柑荘は見学できるらしい。

 

 

多分、ドラマが始まると人が訪れそう。