階下に鉄之助君の存在を強く感じて、どちらからともなく視線を切った。
「風呂敷・・・中はなんですか」
「ああ」
気恥ずかしさがさせた問いかけに、土方さんが開いて見せてくれた中身は、折りたたんだ衣類だった。
行灯の光をうつして鈍く光るのは、小さなボタン。
裏地はサテンだろうか。艶々とした赤は、薄明かりにも鮮やかで知らず伸びた手を制された。
「迂闊に触れるな。物騒なシロモンだ」
「―――――!」
怪訝に思う間もなく、衣類の間から取り出されたものを見て息を呑んだ。
「ピストル・・・・・・」
「慣れりゃ脇差より扱いやすいと勧められてな」
言いながら土方さんはピストルを懐へしまった。
重みのせいで下がった襟を、ぴしりと整える。
「―――お前の時代じゃ、珍しくもねぇのか」
「いえ・・・銃、を持つことは禁じられていて。「基本的には、警察とか自衛隊とか、国民、民を守るための職に就いている人だけが持てます」
「俺らぁのような、か」
「そうですね。新選組とか奉行所の役回りの人だけ」
「奉行所のやつらは、刀を提げちゃいるが、抜いちゃなんねぇけどな」
「へぇっ」
知らなかった。
言われてみれば、警察官もそうだ。
銃を所持していても滅多なことでは使用しない。
「そっちは、軍服ですね。お召しになんですか?」
いくらでも広がりそうな話題だったが、敢えて逸らした。
深堀りするとよろしくない方へ転がりそうだ。
たとえば、所持が禁止されているのは、銃だけではないことなんかに。
そんな私の思惑を知ってか知らずか、土方さんの漏らした呟きに、ひやりとした。
「もう刀や槍じゃあいけねぇようだ」
「鉄砲ですか」
「ああ」
すかさず応じつつ、後ろめたさで胸が痛む。
刀や槍に代わっての鉄砲を、どこで使うつもりなのか。
慶喜さんはもう戦わないと決めている。
なのにあなたは鉄砲を持って、どこで戦うというのか。
蝦夷へ行くのか。
一体、誰のために。
そんな思いが、波濤となって胸を打つのに、「もうやめましょう」とは言えないのだ。
戦なんかやめて、私と二人穏やかに暮らそうとは。
土方さんと過ごす時間は、幸福で、貴重だ。
梅鶯庵での逢瀬はすでにはるか遠くに思えるが、ひとつひとつがかけがえのない思い出だ。
なのに、改めてこの胸に問えば。
(言えないし・・・思ってない)
そうだ、思っていない。
土方さんには、自分を枉げて欲しくない。
いつだって、最善を尽くそうと努める人だと信じているから、彼が導き出した答えに寄り添っていたい。
彼が戦うというのなら、そこには戦わねばならぬなにかがきっとあるのだ。
叶うならば、そのときそのとき出した答えの道筋を、共に辿らせてくれんことを。
私の望みは、それだけだ。
「着て見せてください!」
殊更明るくねだってみせると、土方さんの眉根が寄った。
「だって、だから持って上がってこられたのでは?」
「馬鹿言え。お前の分も購ったからだ」
顎をしゃくられて、畳まれた衣類を広げてみると、なるほど二着分あるようだ。
細かいボタンのベストと白シャツ、黒い上着にズボンで一揃え。もう一着は、筒袖段袋の歩兵風。
「本当だ、ありがとうございます」
「袖に白い布を巻けば兵隊じゃあねぇって印になるらしい」
「そうですね、そうします」
二つ返事をして、土方さんの軍服を差し出す。
「これ、誂えじゃないでしょう?ちょうどいいから、お預かりして寸法を直してきますので」
「・・・・・・」
我ながら破綻のない理由を持ち出せば、土方さんは渋々の態で腰を上げた。
履きづらい、ボタンがメンドクサイと不平たらたらで着替え終わった洋装の尊さときたら。
(ごちそうさまですっ!)
眼福過ぎて拝んでしまった。
縁起でもねぇ真似は寄せと叱られるかと思ったが、幸いお馬鹿な内心は悟られることく。
「少し摘んだほうがいいんだろうな」
ぶらぶらと示された足にズボンの裾が被っている。
ブーツを履くなら、中にしまいこむだろうから気にならない程度だが、草履履きなら鬱陶しいか。
ウエストも、細身の土方さんには大きすぎる。
「あったけぇと聞いてたが、そうでもねぇな」
首元がすぅすうするとぼやくので、懐から晒を取り出した。
スカーフのように巻きつけて、両端をシャツの襟へたくし入れる。
しゃがみこんで裾に折り目をつけながら、温かいかと尋ねると、「首を冷やすとよくねぇからな」とカーブのかかった返事が降ってきた。
らしい、と思ってふふふと笑い、「蝦夷は寒いですし」と返した自分の言葉に喉が強張った。
足元での作業だったのが助かった。
或いは聞こえなかったのか、私の大失言は聞きとがめられることはなく。
お直し待ちの軍服と共に、風呂敷に包み込まれることになったのだった。
初出2019/12/17