第六部・十二ノ七話(土方) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

そのまま浅草の医学館なり、お城側の屯所へ連れて行かれるものだと思っていたところ、土方さんが足を向けたのは、先ほどの居酒屋だった。

 

縄のれんを跳ね除けると、「先生!」奥から飛んできたのは、聞き覚えのある声だ。

声変わりは終えた、それでもまだ細い少年の声。

市村鉄之助。

土方さんのお小姓の一人である。

 

土方さんの姿を認めてキラキラッと輝いたつぶらな目が、私を見るとすいっと細くなった。

勝気さ溢れるへの字口が、物言いた気にぴくぴくしている。

 

「親父、内所を借りたい」

「へぇ、二階へどうぞ」

 

鉄之助君の言いたいことはわかっている。

お忙しい先生の手を煩わせるなんて、どういうつもりだ。小姓としてなっとらん!そんなところだ。

顎をしゃくって私を二階へと促した土方さんに、「お前はここで」と言われた彼の顔といったらなかった。

がーん、しょぼーん、ぷんぷん、むきーーっ・・・あらゆる擬声語を滲ませた鉄之助君を意に介することなく、土方さんは彼の手から風呂敷包みを取り上げ、内所の階段を上っていく。

 

行灯に日を入れてくれたのは、塩壺の娘さんだ。

窓を背にして腰を据えた土方さんに、「かたじけない」と労わられ、ひっくり返った声で応えている。

気持ちはわかる。

今とっては初対面のとき、そうならなかった自分が不思議でならないほど、土方さんはカッコイイ。

解せないのは、「お世話かけます」と声をかけた私にまで同じ反応を示すことである。

 

娘さんが出て行くと同時、深い溜息をつかれてしまった。

言い訳してもいいだろうか。

私は今回、責められるようなことは何もしていない。

ここでの揉め事も、大事にならないよう丸くまとめた。

人並みの世間知というものを発揮したつもりなのだが。

 

「つくづくお前は、厄介ごとに好かれるタチらしいな」

 

娘さんの前では端然としていた姿勢を崩した土方さんが、胡坐の上に頬杖をついて言う。

ってことは、巻き込まれただけだってことは理解してくれている?

 

「嫌に胸が騒ぐとは思ったんだ。浅草に買い物に出かけたついでに立ち寄った医学館で、お前が日本橋の「八ツ瀬屋」に行ったと聞いたとき、既にな」

 

風呂敷包みを指しなから言うのを見ると、その中身が買った物らしい。

なんだろう。人に頼むのでなく自身で買いに出かけたということは、身につけるもの?

 

「八ツ瀬屋に顔出して見りゃあ、駕籠なしで帰ったって言いやがる。万が一を思ってそこらを見回って見りゃあ、案の定じゃねぇか」

「うまい具合に仲裁はできたんですよ」

「聞いた」

「それで、えーと、猫を拾いまして。迷い猫のようだったので、番屋に届けてあげようかと思って」

「立派な心がけだ」

 

褒め言葉は本心か、はたまた皮肉なのか。

行灯ひとつでは襟より上がよく見えず、無意識にいざりよった私の名を、土方さんが呼んだ。

さくら、と呼ぶ声音のただならなさが、私の膝を招き寄せた。

 

「ありゃあ、なんだ」

「―――人ですよ。鬼の面を被った」

 

行灯を引き寄せ、確かめた土方さんの顔に、はっきりとした恐怖を見て取った私はきっぱりと答えた。

 

「人です」

 

が、土方さんは頭を振った。

―――おかしい。

仮に、アレが本物の鬼や妖怪の類だとして。

それを恐れる土方さんだろうか。

思わずとった手はまだ冷たい。

思いがけず握り返してくれたことも含めて、なにか計り知れない事態が迫っている気がして。

 

「はは・・・・・・」

 

ふと、土方さんが乾いた笑い声を上げた。

 

「ざまぁねぇ。俺にゃ、アレがお前に見えたんだ」

 

途端、項から二の腕を埋め尽くした粟立ちは、指先で探った土方さんの腕と同じものだった。

 

続く



初出2019/11/05