第四部・第十二話(慶喜さんへ) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

慶喜さん、お元気ですか

ご活躍も、ご苦労も、風の噂で届いています

私には何もできませんが、私の文を楽しみにして下さっている秋斉さんの言葉を信じて、お便りします

相変わらず、候文は書けないので、話し言葉で書く事をお許しください

 

前回はどこまでお知らせしたでしょうか

確か、永倉さんと光縁寺で話したところまでだったように記憶しております

 

花里ちゃんと藤堂さんのことは、どうだったでしょうか。

書いたような気もするのですが、下書きどまりだった気もします

もし、まだでしたら、そしてご興味がおありでしたら、秋斉さんにお言伝くだされば、お知らせしたいと思います

 

夕霧太夫の一件からこっち、私は恙無く暮らしております

先日、角屋で永倉さんとお話する機会がありました

夕霧太夫の遺言状は、無事、件の人に渡して頂けたとのことです

 

咲ききった辛夷の花の絵

あの絵の解釈を、永倉さんは口にせず、ただ、太夫の思いを無駄にするなとだけ伝えたそうですが

件の人は どう捉えたのでしょうか

絶句して

そして

落涙したのだそうです

 

秋斉さんからお聞き及びでしょうが

件の人は 今はもう新選組にはおりません

伊東さんと共に 月真院という高台寺の塔頭寺院に移り住んでいます

 

彼らの分離後も、新選組からは血なまぐさい話が相次いでいます

むしろ、増えているようにも感じます

脱退を願った隊士たちが 会津様のお屋敷で切腹したことはご存知でしょうか

 

新選組が幕臣としてお取立て頂き 喜びに沸いている渦中のことでした

残念なことに 新選組の中にも 幕臣として働くことを是としない方たちが一定数います

切腹した方たちもそうでした

 

何故、幕臣であることと尊皇であることが並び立たないのかと思います

どのような立場にあっても いがみあわず 同じ国に暮らす者として手を携えていかねば

欧米と渡り合える国力は付かないでしょうに

 

話が逸れましたが

今更ながら 伊東さんは 近藤さんや土方さんと折り合わない方たちの いい受け皿だったのだと感じています

 

 

―――リン

 

 

 

可憐な鈴の音に、私は筆の動きを止めた。

 

半分開きの障子から、クロがこちらを覗きこんでいる。

 

「おいで」

 

 

筆を置いて手招くと、ひそやかな足取りでやってきた。

 

抱き上げると、ずしりと重い。

桝屋さんから譲り請けた当初、よく食べる割になかなか大きくならないクロに、皆して気を揉んだものだけれど。

 

ニャア。

 

小さく鳴いたクロが、前脚を伸ばして文机の引き出しを掻く。

これは、開けろという催促だ。

 

「また?好きだね、ほんとに」

 

 

取り出したのは、桝屋さんに頂いた帯飾りだ。

 

大切なものだから、余程のことがない限り、他の大切なものたちと、ここにこうして仕舞ってある。

金具の先をつまんで振ると、リンリンと優しい音がする。

何故だかクロはこの音が大好きで、いつもじっと耳を傾けている(ように見える)。

 

片手で帯飾りを操りながら、私は書きかけの文へ目を戻した。

 

これで終わりでいいだろうか。

もう少し、書き加えた方がいいだろうか。

 

本当のところ、慶喜さんの胸の内を思えば、この文を届けていいものかどうかも悩んでいる。

 

定型文として、「お元気ですか」と始めたものの、元気なはずがない、とも思う。

 

つい先日、葉月の十四日。

 

慶喜さんは、また片腕と恃む人を失った。

原市之進―――慶喜さん自身が、「俺を真実買ってくれている」数少ない人物として挙げた人物で、またしても暗殺による落命だった。

下手人は、原さんと同じ幕臣。慶喜さんの政策が、開国に強く傾いていることを憤った攘夷主義者だったらしい。

 

秋斉さんから、慶喜さんが酷く気落ちしていると聞いて、数ヶ月ぶりに筆を執ったものの、読み返してみると、今耳に入れるべき話題なのか迷うのだ。

 

 

「もっと軽い話題の方がいいかなあ。新築された新選組の屯所が、超ゴージャスでビックリしましたーっとか」

 

 

どう思う?と意見を求めたクロにはそっぽを向かれてしまったが、とりあえず書いてみることにする。

 

帯飾りを引き出しへ仕舞うと、興味を失ったのか、クロは私の手を逃れて出て行ってしまった。

なんとも猫らしい気ままさだ。

 

「ええと・・・お元気ですか、じゃなくて。いまだ残暑は厳しいながら、早、葉月も半ばとなりましたっと。ご活躍から、お許しくださいまではそのままでいいよね。花里ちゃんのくだりも使えるか」

 

 

ぶつぶつ呟きながら、新たに記していく。

 

 

ご存知とは思いますが、新選組は西本願寺から資金援助を受け、不動尊村に広大な屯所を建てました

 

案内して頂いたところ、今度は局長・副長だけでなく、組頭それぞれに割り当てられた部屋があり、幕臣となれたこととも相まって、皆、意気揚々としています

土方さんのお部屋も、床の間つきの立派なものですが、軸も花も飾る予定はないそうです

本人曰く、眺めてる暇などないからだとか

 

近頃は、また物騒になり、新選組は人手不足の由

近々、土方さんは江戸に下って隊士を募る予定です

 

もう一つ、いいお知らせがあります

新選組のお取立てがあったのと同じ睦月

玉緒さんが無事に女の子を産みました

 

玉緒さんは、秋斉さんから一文字頂いて、秋と名付けようとしたのですが、ご本人の承諾が得られなかったため、サキ、咲となりました

 

産後の肥立ちがよくないとかで、お咲ちゃんともども、まだ置屋には戻っていませんが

ミセの皆で楽しみにしています

 

これから日に日に秋めいてくるかと思います

 

お風邪など召されませんよう ご自愛ください

またお便りします

 

一気に書き終えて、読み返す。

 

短くはなったが、書き直す前より、随分明るい内容になった。

気が滅入っている時に読むなら、こちらの方が断然いいだろう。

 

結びに、慶喜様、さくらと署名して筆を置く。

 

反故にした方の文は、このまま手習い用に使ってしまおう。

 

手習いの教本を取り出し、少し迷って、新年の挨拶のページを開く。

 

たっぷり墨を含んだ筆を文へと落とすと、記された重く暗い出来事は、見る間に塗り変えられていった。

 

続く