第百六ノ三話(慶喜) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

ふとした拍子に蘇り、そのたび怖気をふるう羽目になったミミズの感触も次第に遠くなった。

朝から雨が降っている。

毎日の仕事は既に終え、秋斉さんや番頭さんに尋ねてみても、これといった用事を言いつけられることはなく、「字の稽古でもしたらどない」と促された私は、一人自室の文机に向かっていた。


墨を擦り、水滴を傾けて濃度を調節し、出来上がった墨汁に筆先を浸す。

幕末に迷い込んで一年。
こちらの生活に慣れることと、周囲で巻き起こる様々なことに翻弄され続けて、棚上げにしていた問題や今抱えている懸案を書きだしてみる。


一、新選組の先行き
一、枡屋さんの怪我の具合
一、高杉さんの安否


枡屋さんのことは、「最近お見かけしませんね?」と、秋斉さんに探りを入れてみた。
でも、「お忙しいんどっしゃろ」と言われただけで。


慶喜さんが一橋慶喜だと知った今、彼と深く結びついているように見える秋斉さんが、ただの置屋の主人だとは思えない。
だから枡屋さんのこともなにかしら知っていそうだと踏んだのだけど、本当に知らないのか知っていても私に言うべきではないと思われているのか。


それでいて、重ねて高杉さんのことを尋ねると、眉を寄せ、声を潜めて、「脱藩の罪で牢にいれられはったそうどす」と教えてくれた。
近く長州は高杉さんの力を必要とすることになるだろうから、心配はいらないとも。

加えて、「わては、あんさんに政のことやらあんまり関ってほしゅうないんやけど」と釘をさすのも忘れなかった。


関りのある人たちの心配と共に、自身の憂いもある。

ひとつは、枡屋さんを庇って藤堂さんについた嘘が契機になって立ち昇ってきた不安。
幕末にきてからこっち、私には月経が一度もこないのだ。
きたらきたで、現代のように便利なものがないから、処理に困るとは思うけど、一年もこないままだとどこか身体に問題があるのではと思ってしまう。

こればっかりは、秋斉さんにも相談できない。
菖蒲さんなら相談にのってくれるだろうが、この時代に婦人科の検査ができようはずもし。
結局、放置したままになっている。


それからもう一つは、色んな事が起こりすぎて忘れ去っていた携帯電話のことだ。
慶喜さんは気にとめておいてくれると言っていたものの、その後話題に上ることもない。


「慶喜さんに会えたらきいてみないとなぁ・・・・・・」
「俺に何を聞きたいの?」
「ひゃっっ」


頬杖をついて筆を弄びながら漏らした呟きに、思い浮かべていたその人の声で突然応えられて、私は文字通り飛び上がって驚いた。

少しだけ開いた障子から首だけ部屋に差しいれた慶喜さんは、そんな私の様子を見て楽しそうに笑っている。
物思いにふけりすぎたのと、二階から聞こえる音曲のせいで、全く足音に気付いてなかった。


上座へどうぞと勧めると、慶喜さんはするりと入ってきた。新選組の人たちをはじめ、市中に見かける侍はみな摺り足なのに、慶喜さんは弾むように歩く。わざとなのかなんなのか、何かと型破りな人物だ。

手にした煙管をぶらぶらさせながら、首を伸ばして私の書き物を覗き込む。


「わっ、わわっ。見ないでくださいっ」


慌てて隠そうとするも、隠しきれず。
素早く紙面に目を走らせた慶喜さんは、「枡屋の主人なら昨日会ったよ」とさらりと言ってのけた。


「本当ですかっ? お元気でした?」
「うん、まあ別条はない感じ。さくらのことを訊かれたよ」
「私の?」


聞き返すと、慶喜さんは小さく首を傾げてふふふと笑い、意味ありげな視線を投げてくる。
からかうような、なぶるような、機嫌のいい猫みたいな笑い。
慶喜さんがこういう笑いをする時、秋斉さんに似ているなと思う。


「さくらと同じことを訊いてきた。あの色男とさくらが昵懇(じっこん)だなんて、俺は知らなかったけど?さくらも隅に置けないねぇ」
「そんなんじゃないですからっ」


からかわれててるだけだと思いながらも、私は焦った。
この人は、土方さんの前でもこういうことを言いだしかねない。


「慶喜さんは枡屋さんとはどういうお知り合いなんですか?」
「ん・・・出入りの商人だよ。後はたまに座敷で一緒になったり」
「ってことは、枡屋さんは慶喜さんの御身分をご存知なんですね」


自分のことから話を逸らそうとしてぶつけた質問だったけど、予想外に慶喜さんは言葉を詰まらせ、「参ったなあ」と苦笑した。


「迂闊なことが言えないな、さくらには」

指先で自分の唇を抑える真似をしてみせた慶喜さんは、質問に答えることなく話題を転じた。


「さくらの心配は、枡屋よりも土方君のことだろう? 近藤君が新選組を解散したがっているそうだね」


既に慶喜さんの耳にも入っているのか。

原田さんからもたらされたその不吉な報せがますます現実味を帯びる。


「そんなことにはならないと思うけどね? 京の治安は悪くなる一方だ。警邏の人出が足りないこの折に、会津が新選組を手放すとは思えない」
「だったらいいんですけど・・・・・・」


慶喜さんの慰めでいくらか気分は楽になったものの、それでもやっぱり不安だった。
近藤さんが強く解散を望めば、土方さんは拒まない気がする。

新選組を大きくする。強くする。
そのことに心血を注いできた土方さんは、今、どんな気持ちでいるのだろう。


(土方さんに会いたいな・・・・・・)


そう強く思い、無意識に結い紐へ手を伸ばした私を、慶喜さんは笑みを含んだ眼差しでじいっと見つめた。

その手の中で、ご愛用の煙管がくるりくるりと器用に回される。
何度かそれを繰り返した後、慶喜さんは思いもかけない言葉を口にした。


「ねえ、さくら。今晩俺に付き合わないかい?」


第百六ノ四話に続く