第百一ノ八話(秋斉) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

一階の宴会がお開きとなると、私にも上がっていいとの指示がでた。


「藍屋さんがお迎えに来てはるよ」と、仲居頭に告げられて、慌てて向かった玄関では、本当に秋斉さんが傘を二本下げて待っている。

なにごとかと驚く私に、秋斉さんは 「傘を持って行きはらへんかったさかい」 と、微笑んだ。


雨が降り始めていたのは、座敷の庭を見て知っていた。
帰りは店の傘を借りて帰ろう、そう思っていたのだけど。


「ほな、帰りまひょか。さくらはん」


赤い蛇の目私に寄越し、苔色の蛇の目を広げて先に歩きだした秋斉さんの背中を追いかける。

跳ねる泥を嫌ってか、今夜の秋斉さんは足袋を履かずに下駄ばきだ。
そういえば下駄の秋斉さんなんて初めて見るなと、私は、秋斉さんの白い踵(かかと)を見ながら歩いた。


春の雨はどこまでも細く、油をひいた美濃紙に弾かれて密やかな音を立てる。
油紙に守られた辻行灯の淡い灯りが、そこかしこで濡れた夜道を朧ろに照らして、晴れた夜の島原とはまた違う、どこか儚げな情緒を醸している。


揚屋が軒を連ねるこの通りは、島原の中でもひときわ華やか。
雨にけぶってぼうっと浮かび上がる格子を両脇に、秋斉さんは迷いのない足取りで先を行く。

やがて白い踵が角を曲がれば、そこからは一転、暗さが増す。
秋斉さんが左手に下げた提灯の灯りが揺れるのを見て、私は慌てて彼に駆け寄った。


「ごめんなさいっ、私が持ちます」


主に提灯を持たせて後ろを歩くなんて何様だ。

自分を戒め、伸ばした手は、秋斉さんが提灯を高く掲げたせいで宙を掴む。


「ええんや。あんさんがそうしたいと言うから働いてもろとるだけで、わてはあんさんを奉公人やら思うてない」


そやさかい、と言葉を切って。


「隣ぃ、歩いてくれはるか。後ろにおられたら、何かあった時気付くのが遅れますやろ」
「でも、傘をさして並んで歩いたら、他の人の邪魔にならないですか」
「そうか。ほんなら・・・・・・」


提灯を手渡されたから、そのまま先導しようとした私の腕を秋斉さんが掴む。
ぐいっと引き寄せられてたたらを踏んだ。


「こうして、一つの傘に入ればええ」


自分の蛇の目は傾けた顔と肩の間に挟んで、奪い取った私の傘を優雅にたたんだ秋斉さんから、微かに甘くお酒の香りが漂った。
秋斉さんらしくない強引さに戸惑って、見上げた顔のあまりの近さに、慌てて視線を足元に落とす。


「なんや、硬ぅなって?」
「なっ、てません」
「へぇ・・・」


からかう声に否定をするも、ちいさく笑われ、内心を見抜かれていることが容易に知れた。


「・・・秋斉さんと一つの傘に入って、硬くならない人なんていないと思いますよ」
「へえ、そらまたなんで」
「わかってて聞いてますよねっ」


白い喉を僅かに逸らして、秋斉さんが小さく笑う。

ああ、久しぶりなこの感じ。

事あるごとにからかわれ、平静を装うも、あっさり看破されてはまたからかわれる。
そんなことを繰り返していたのは、そう遠くない日のことだというのに。
いつのまにやら私たちの間には、おかしな緊張感が漂うようになっていたから、秋斉さんの軽口にほっとする。


秋斉さんは綺麗な人だ。
女性めいた造作と柔らかな物腰に騙されがちだけど、その気になればこの人は、先ほど目にした枡屋さん以上の、男性でしか持ちえない色気を醸しだす。

しかも質が悪いのは、この人からは一切の無意識を感じない。
自分の魅力のことごとくを理解していて、それを道具のように使いこなしているように見える。
もしも秋斉さんが遊女なら、瞬く間に店を背負う太夫に昇り詰めているのではないだろうかと思えるほどに。


「さくらはんには、土方はん以外は男に見えたはらへんかと思うてましたわ」
「そんなこと・・・あるわけないでしょう」


確かに土方さんに関して、自分は周りが見えなくなりがちだという自覚はあるし、男女の機微にかなり疎いという認識も持っているけど。


「・・・三谷はんは、どうどした? 」


それまでとはトーンの違う声で尋ねられ、私は思わず足をとめて秋斉さんの横顔を見詰めた。


「知ってたんですか、今夜、三谷さんが角屋にいらしてること」
「ご本人が、律儀に断りを入れてきましたさかい」
「断り?」


私に合わせて歩を止めたものの、前方を見据えたまま秋斉さんが答える。


「場合によっては、あんさんをもろうていくと」


もしかして。
笑みを消した秋斉さんの顔に、一つの疑念がわき上がる。


「もしかして・・・心配して迎えにきてくださったんですか?」


返事はなかった。
一つの傘の中、触れ合った肩を僅かに押すようにして促され、私たちは再び歩き出した。


「一緒に来いと言われました。でも、断りました」


端的に告げた私の言葉にも、秋斉さんは、冴えた表情をちらとも動かさずに頷くだけ。
そのまま二人、無言で歩いた。

再び秋斉さんが口を開いたのは、もう少しで藍屋が見えるというところまで来たところで。


「この前言うてた早咲きの桜、な。今年はいつもより咲くのが遅いみたいやったけど、先日所用の帰りに見てきたら、満開どしたわ。この雨で散ってしまうやろ」
「そうですか・・・見てみたかったです。また来年、お暇があったら連れて行ってください」


控えめにねだってみれば、秋斉さんは顔ごと私に向けてじいっと視線を合わせてきた。


「・・・き・・・が・・・・・・」

呟きは、ひめやかな雨音にすら滲んでしまうほど低く。
聞き取ろうと澄ました耳が拾った声は、確かにこう聞こえた。


「月がずぅっとでんかったらええのに」―――と。


意味を量りかね、「え?」と聞きなおすも明確な返事は得られず、結局、「来年が無事にくるか怪しいもんやかさかいに」と言う秋斉さんの言に促されるまま、件(くだん)の桜を見に行くことになった。

島原を出て思案橋を渡れば、周囲はほぼ畑や田圃で人気もない。
これなら誰の邪魔にもならないだろうと、私たちはまたお互い傘をさし、並んで歩いた。


田園風景から次第に町中へと足を踏み入れても、島原の喧騒が嘘のように、夜の町は静まり返っている。
揺れる提灯が照らすのは足元だけで、碁盤の目を模して整備された京の暗い道は、どこまでもどこまでも続いているようで、吸いこまれていきそうな錯覚すら覚える。


実際は、一町ごとに木戸があり、人が通るという合図の拍子木が打ち鳴らされる。

けれど、それすらも芝居の一幕の如く、現実感がない。


秋斉さんからは、何かを言おう、話そうとしている気配は感じるものの、目的の神社に着くまでついに彼が口を開くことはなかった。


辿りついたそこは、小ぢんまりした神社だ。

木でできた小さな鳥居をくぐれば、闇夜に桜の花びらがそこだけ白く浮かびあがる。
提灯の心もとない灯りを掲げれば、雨に打たれてひらりひらりと散る花弁が美しい。


闇を抱くように四方に枝を大きく伸ばす桜の古木。
天を仰ぐ修道者にも見えるそれは、どこか秋斉さんに似ているようにも思えた。

降り続く雨に地面はぬかるみ、水たまりの域を超えて小さな川のようになったところへ、降り積もる花弁が流れて行く。


「桜流し、やね。これはこれで見事なもんやな」


散る、桜。流されていく、桜
それを眺める秋斉さんの横顔は静かだったけれど、長い睫毛に縁取られた眸は奇妙に昏くて。
病を得ながらどこまでも前向きで明るかった高杉さんのそれとは、あまりにも対照的だ。


「そろそろ・・・行きまひょか、大門が閉まる」


二人で桜を眺めた時間は、ほんの僅かだった。
けれど、後から振り返った時、置屋で過ごした長い時間、秋斉さんと共有した様々な景色や出来事の中でも、この夜の情景はどこまでも印象深く。
秋斉さんの思い出は、いつも雨の匂いと舞い散る桜を伴ってきたのだった。


第百二話 につづく