大障害・後編
カチっ・・・
自分の中で、何かのスイッチが入る。
今度はもう寝ぼけ眼ではなく、完全な臨戦態勢だった。
そりゃ、あれだけ寝れば、目が覚めないほうが可笑しい気もするが・・・
時計の針は、午前11時を指している。
食堂へと歩みを進めると、そこには障害乗り役が多数集まって競馬を見ていた。
皆、思ったよりもリラックスしているかのように見受けられる。
一杯のコーヒーを啜り談話していると、阪神での未勝利戦の時間を迎えた。
乗っているときは怖いなんて言ってられないが、見ているときのほうがドキドキする。
きっとファンの皆さんもこんな気持ちで応援してくれているのだろう。
未勝利戦だけに、まだ飛びが安定していない馬もちらほら。
そんな中、馬券を買わずに見ている自分が少し幸いに感じたのは、落馬が無かったことだろうか。
自分が競馬に騎乗する前に、落馬している瞬間を目の当たりにするのは、決して気持のよいものではない。
むしろ不安を煽られることになる。
そこから先はいつも通りだった。
サウナに入り、爪を切り、耳を掃除し、補助のために身体にテーピングを施す。
一連の流れは全く普段と変わらない。
ただ心なしか、少し気持ちが高ぶってきているのだった。
勝負服に身を包み、検量室にて装備一式を用意しているときだった。
いつも明るく面白いことばかり言う高田先輩が、少しソワソワしている。
「先輩、どうしたんすか?らしくない。」
『いや、ちょっと緊張するわ~。人気のある馬に乗るんだから・・・わかるやろ?』
平然を装う自分は、初めて大障害に挑む馬に騎乗する。
それはそれで多少の緊張感はあるが、危険を乗り越えたうえ、更に結果を求められる立場の騎手に比べれば、感じるプレッシャーは比にならないのだろう。
その不安を打ち消すかの様に、二人は「ははは・・・」と笑いを交わすのだった。
前検量を済まし、装鞍所にて馬装具を騎乗馬に装着すると、改めて先生と厩務員さんに挨拶した。
「よろしくお願いします!!」
『あとは任せる。無事に帰ってきてくれ。』
笑顔で送り出してくれる御二人が僕には心強く、勇気をくれた。
最後に今日の相棒の顔をひとなですると、足取り軽くその場を後にした。
勝負の時間は迫ってきている。
僕は検量室、そしてジョッキールームへと歩みを進め、最後の準備を整えた。
手にした装備は、鞭・手袋・そして命を護るヘルメットのみ。
自分の騎乗する前のレースをジョッキールームで見届けると、その足で地下馬道を通りパドックへと向かう。
途中、隣を歩んでいた先輩に声をかけた。
「さて・・・行きますか。」
『いや、緊張すんな。無事に帰ってきたいもんだ』
「何を言ってるんですか!大丈夫ですって!!」
「落馬なんて事故ですよ。事故!!どうにかなりますって!」
他人事のように言う生意気な後輩も、実は他人事ではない。
数分後には生死の境を彷徨っているかもしれない。
しかし、まだ俺は死にたくないし、死ねない。
もし怪我したとしても、命があればまだいい。
が、俺は痛いのも嫌だ。
考えるだけ無駄な不安を麻痺させ、かき消す為に考えることをやめた。
パドックへたどり着くと、普段の障害レースよりも多い人だかりに目を奪われる。
恩師・矢野先生の姿を見つけ挨拶すると、激励をいただいた。
『しっかりやってこい!』
「はい。頑張ってきます!」
何故かはわからないが、師匠が競馬場に来てくれているだけで、自分の中で安心感が生まれる。
よし。やろう!
そういう気分にさせてくれる。
「先生、ありがとう。」
心の中で、そうつぶやいた。
いつもより長い下見所での待機時間。
実際G-1だけに、長めの周回時間を取っているのだろうが、大一番の前だからか余計に長く感じるのかもしれない。
その一時の中で、集まった騎手と談話を広げる。
平地のレースに騎乗するときなんかは、割合そこまで会話しないことが多いように感じるが、障害レースの前は結構くだらない事などを雑談することがある。
見方によっては、勝負の前に不謹慎だと思う方もいるのだろうが、きっと皆そうやって興奮や恐怖心を緩和させているのではないか?と僕は思う。
事実、僕がそうだから。
『とまーれー!!』
号令がかかり、表に出て整列する。
『第10レース。中山大障害、乗馬!』
軽く頭を下げ、小走りで相棒の元へと向かう。
「おねがいします!」
先生と厩務員さんに改めて挨拶した後、
「おねがいね・・・」
僕は、相棒の頭を優しく撫でた。
騎乗し、パドックを周回していると、いろんな声が聞こえてくる。
光希、頼むぞ!!
寮長、がんばれ!!
いってらー!!
中にはクスッときそうな声援もあるのだが、そんな温かい声が心に沁みる。
よし。いっちょやるか!
自分の中でそう呟くと、厩務員さんに引き連れられ地下馬道へと下っていった。
ここから先は、俺と相棒の戦いだ。
馬場に入場し、「行ってきます!!」と厩務員さんに告げ、返し馬を始める。
もう後には引けないのだ。
(続く)
【追記】
皆さんこんにちは。長すぎですね。寮長です。
最後まで読んで下さった皆さん、ブログを楽しみにしてくださっている皆さんに、感謝のお年玉プレゼントのお知らせです。
先日の「中山大障害」で騎乗したペネトレーター号のゼッケンを半分ずつにしたものを2名様。
僕が競馬で使用したゴーグルを3名様に差し上げます。
![ゴーグルとゼッケン](https://stat.ameba.jp/user_images/20090324/07/kaneko-soratobu/5d/9b/j/o0199014010156289810.jpg?caw=800)
そして特賞で、何故か倉庫に落ちていた誰のか分からない“おぱんちゅ”を1名様に!!
![おぱんちゅ♪](https://stat.ameba.jp/user_images/20090324/07/kaneko-soratobu/38/e9/j/o0200015010156289811.jpg?caw=800)
(こちらはサインなしです)
え?いらないって??
そんなぁ~~~・・・
欲しいという方がいましたら、こちらまでメッセージどうぞ!
何か一言添えていただけると僕、喜んじゃいますw
↓ ↓ ↓
kaneko_soratobu@livedoor.com
写真にはまだ書いてませんが、後ほどサインを入れておきます。
プレゼントの応募は1月5日の17時締切とさせて頂きます。その後、抽選し当選結果を返信するという流れになると思いますのでご了承ください。
(S・Thanks……ゼッケンをお譲りくださった先生と馬主さん。競馬場にて、寒い中いらして下さったのに、僕の我儘を快く聞いてくださったファンの皆さん)
自分の中で、何かのスイッチが入る。
今度はもう寝ぼけ眼ではなく、完全な臨戦態勢だった。
そりゃ、あれだけ寝れば、目が覚めないほうが可笑しい気もするが・・・
時計の針は、午前11時を指している。
食堂へと歩みを進めると、そこには障害乗り役が多数集まって競馬を見ていた。
皆、思ったよりもリラックスしているかのように見受けられる。
一杯のコーヒーを啜り談話していると、阪神での未勝利戦の時間を迎えた。
乗っているときは怖いなんて言ってられないが、見ているときのほうがドキドキする。
きっとファンの皆さんもこんな気持ちで応援してくれているのだろう。
未勝利戦だけに、まだ飛びが安定していない馬もちらほら。
そんな中、馬券を買わずに見ている自分が少し幸いに感じたのは、落馬が無かったことだろうか。
自分が競馬に騎乗する前に、落馬している瞬間を目の当たりにするのは、決して気持のよいものではない。
むしろ不安を煽られることになる。
そこから先はいつも通りだった。
サウナに入り、爪を切り、耳を掃除し、補助のために身体にテーピングを施す。
一連の流れは全く普段と変わらない。
ただ心なしか、少し気持ちが高ぶってきているのだった。
勝負服に身を包み、検量室にて装備一式を用意しているときだった。
いつも明るく面白いことばかり言う高田先輩が、少しソワソワしている。
「先輩、どうしたんすか?らしくない。」
『いや、ちょっと緊張するわ~。人気のある馬に乗るんだから・・・わかるやろ?』
平然を装う自分は、初めて大障害に挑む馬に騎乗する。
それはそれで多少の緊張感はあるが、危険を乗り越えたうえ、更に結果を求められる立場の騎手に比べれば、感じるプレッシャーは比にならないのだろう。
その不安を打ち消すかの様に、二人は「ははは・・・」と笑いを交わすのだった。
前検量を済まし、装鞍所にて馬装具を騎乗馬に装着すると、改めて先生と厩務員さんに挨拶した。
「よろしくお願いします!!」
『あとは任せる。無事に帰ってきてくれ。』
笑顔で送り出してくれる御二人が僕には心強く、勇気をくれた。
最後に今日の相棒の顔をひとなですると、足取り軽くその場を後にした。
勝負の時間は迫ってきている。
僕は検量室、そしてジョッキールームへと歩みを進め、最後の準備を整えた。
手にした装備は、鞭・手袋・そして命を護るヘルメットのみ。
自分の騎乗する前のレースをジョッキールームで見届けると、その足で地下馬道を通りパドックへと向かう。
途中、隣を歩んでいた先輩に声をかけた。
「さて・・・行きますか。」
『いや、緊張すんな。無事に帰ってきたいもんだ』
「何を言ってるんですか!大丈夫ですって!!」
「落馬なんて事故ですよ。事故!!どうにかなりますって!」
他人事のように言う生意気な後輩も、実は他人事ではない。
数分後には生死の境を彷徨っているかもしれない。
しかし、まだ俺は死にたくないし、死ねない。
もし怪我したとしても、命があればまだいい。
が、俺は痛いのも嫌だ。
考えるだけ無駄な不安を麻痺させ、かき消す為に考えることをやめた。
パドックへたどり着くと、普段の障害レースよりも多い人だかりに目を奪われる。
恩師・矢野先生の姿を見つけ挨拶すると、激励をいただいた。
『しっかりやってこい!』
「はい。頑張ってきます!」
何故かはわからないが、師匠が競馬場に来てくれているだけで、自分の中で安心感が生まれる。
よし。やろう!
そういう気分にさせてくれる。
「先生、ありがとう。」
心の中で、そうつぶやいた。
いつもより長い下見所での待機時間。
実際G-1だけに、長めの周回時間を取っているのだろうが、大一番の前だからか余計に長く感じるのかもしれない。
その一時の中で、集まった騎手と談話を広げる。
平地のレースに騎乗するときなんかは、割合そこまで会話しないことが多いように感じるが、障害レースの前は結構くだらない事などを雑談することがある。
見方によっては、勝負の前に不謹慎だと思う方もいるのだろうが、きっと皆そうやって興奮や恐怖心を緩和させているのではないか?と僕は思う。
事実、僕がそうだから。
『とまーれー!!』
号令がかかり、表に出て整列する。
『第10レース。中山大障害、乗馬!』
軽く頭を下げ、小走りで相棒の元へと向かう。
「おねがいします!」
先生と厩務員さんに改めて挨拶した後、
「おねがいね・・・」
僕は、相棒の頭を優しく撫でた。
騎乗し、パドックを周回していると、いろんな声が聞こえてくる。
光希、頼むぞ!!
寮長、がんばれ!!
いってらー!!
中にはクスッときそうな声援もあるのだが、そんな温かい声が心に沁みる。
よし。いっちょやるか!
自分の中でそう呟くと、厩務員さんに引き連れられ地下馬道へと下っていった。
ここから先は、俺と相棒の戦いだ。
馬場に入場し、「行ってきます!!」と厩務員さんに告げ、返し馬を始める。
もう後には引けないのだ。
(続く)
【追記】
皆さんこんにちは。長すぎですね。寮長です。
最後まで読んで下さった皆さん、ブログを楽しみにしてくださっている皆さんに、感謝のお年玉プレゼントのお知らせです。
先日の「中山大障害」で騎乗したペネトレーター号のゼッケンを半分ずつにしたものを2名様。
僕が競馬で使用したゴーグルを3名様に差し上げます。
![ゴーグルとゼッケン](https://stat.ameba.jp/user_images/20090324/07/kaneko-soratobu/5d/9b/j/o0199014010156289810.jpg?caw=800)
そして特賞で、何故か倉庫に落ちていた誰のか分からない“おぱんちゅ”を1名様に!!
![おぱんちゅ♪](https://stat.ameba.jp/user_images/20090324/07/kaneko-soratobu/38/e9/j/o0200015010156289811.jpg?caw=800)
(こちらはサインなしです)
え?いらないって??
そんなぁ~~~・・・
欲しいという方がいましたら、こちらまでメッセージどうぞ!
何か一言添えていただけると僕、喜んじゃいますw
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kaneko_soratobu@livedoor.com
写真にはまだ書いてませんが、後ほどサインを入れておきます。
プレゼントの応募は1月5日の17時締切とさせて頂きます。その後、抽選し当選結果を返信するという流れになると思いますのでご了承ください。
(S・Thanks……ゼッケンをお譲りくださった先生と馬主さん。競馬場にて、寒い中いらして下さったのに、僕の我儘を快く聞いてくださったファンの皆さん)