大障害 フィナーレ | 金子光希オフィシャルブログ「そらとぶおにいちゃん」Powered by Ameba

大障害 フィナーレ

冬空の下、ターフへと乗り出す。

身体が示すこの震えは寒さからくるものか、それとも武者震いなのだろうか。

高揚する気分に翻弄されつつも、自分の意識が辛うじて冷静に取り繕えたのは、静かに歩みを進める股下の相棒のおかげなのだろう。

一歩一歩大地を踏みしめるその足取りは、経験を重ねた自分よりもよっぽど様になり、堂々たるものに感じた。

障害馬を見たり、乗っていたりすると思うのだが、度胸が据わっているというか、大人しい馬が多い。

きっと、それくらい肝が据わっていないと、障害を飛越するなんて行動を起こせないのかもしれない。
もしくは、過酷なレースを乗り越えることによって、心身共に鍛え上げられるのかもしれない。


シュフルールもそうだが、今回騎乗させていただいたペネトレーター号も落ち着きはらい客席の前を静かに歩くことが出来た。


「皆さん、この馬の雄姿を見てください!」


声に出して言うことはないが、障害馬としての晴れ舞台に立つことが出来た彼を・・・

この一瞬を輝こうとしている僕らをどこかに留めて欲しかった。

それは写真でも、記憶の彼方にでもかまわない。

ただその存在を認めてもらいたくて、そして応援して欲しくて、僕は彼と共にゆっくりとお客さんの目の前を歩むのだ。

そこから二人は、くるりと身を翻し、障害が待ち構えるコースへと向かっていく。

僕は相棒に一つ一つ丁寧に障害を見せ、自分もその周囲の状況をできる限り把握しようと努めた。

返し馬とは、馬をお客さんに見せる為、馬に障害を認識させる為、そして馬場の状態やコース取りを意識し活かす目的で、自分の為でもあるものだと僕は考えている。

今回の難関、大生垣・大竹柵を見せ、覚悟を決めた後、迫る発走時間に合わせスタート地点へと向かった。

集合の合図である、赤い旗が振られると、次々と係りの方々が出走馬たちに付き添う。

高らかに響き渡るファンファーレを耳にし、ゲートに入る。

あとは開くその瞬間を待つのみとなった。

全馬の枠入りが完了し、次の瞬間ゲートの開く独特な機械音とともにスタートを決めた。

この瞬間、今まで感じていた不安や恐怖心、高揚感はすべてどこかへ消えていき、あるのは他馬の姿と迫りくる障害のみとなる。

不思議なものだ。

というより、感じている暇や余裕が無くなるだけなのかもしれない。

そんな余計な思考と隙を生むくらいなら、各馬の状態や障害に集中したほうが合理的であるし、自分の中で当たり前のことになってしまっているのだ。

一つ、また一つと障害をクリアし、ついに立ちはばかる大竹柵へと挑む。

返し馬の時に下見しておいた理想の位置を飛越し、走り抜ける予定のコースに意識を向けた瞬間だった。

いつもは全馬が飛越した際に巻き起こる拍手が聞こえず、代わりに悲鳴の入り混じったどよめきを耳にした。

「後方で誰か落ちたな・・・・」

瞬時に状況を把握すると、前方を走る馬たちの動きを捉えながら、後方からくるやもしれぬ空馬も対処できるように意識を向ける。

そして逆回りのコーナーに入ろうとした瞬間だった。

再前方を走っていた西谷さんが騎乗するマルカラスカル号が、いきなり外ラチへと突っ走っていくのが目にとまった。

「パンクか!?」

次の瞬間、再び進むべき道のりへと戻った人馬だったが、自分からは何が起こったのか知る由もなかった。

後に聞いた話では、いきなりの事でしかも制御不能に陥ったということだった。

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話がずれてしまって申し訳ないのですが、ここでどういう状況だったのか、自分なりに考察してみたいと思います。

(一つ断わっておくと、自分が習ったものや感じたものを参考にするので伝わりにくい、もしくは分かり難かったらごめんなさい。
そして、ここに書くことが全てでもないし、違う意見があってもよいのでは?と思うので客観的、参考までに捉えて下さると嬉しく思います。)

まず、乗馬をするときには基本として「騎座・脚・拳」で馬を制御します。

簡単に噛み砕いて訳すと、騎座とは臀部・脚とはふくらはぎ・拳は手綱を握る手といったところです。

これらをバランスや圧迫などと共に、併用して馬を動かします。

ただ、騎手のモンキー乗りの場合、馬への接する部分が少なく、またスピードも出ている。

人によっては、臀部を鞍につけ追う方もいますが、乗馬の基礎とは似ても異なる部分が出てきますし、競馬のスタイルでは、主に鐙への重心の負荷(人によっては膝も使う)、バランス、手綱での操作が制御方法となります。

では、今回はどういう状況になったのか。

皆さん、車でスリップしたことはありますか?

運転のうまい方、プロのレーシングドライバーの方などは車体をうまく立て直せるかもしれません。

しかし、馬の場合、精密なハンドルは付いていません。

そして、それを御す手綱と馬の口の状態を見るからに、こういう状態だったのではないでしょうか。

一本のロープの端を片方ずつ、手すりに結びつけてみます。

分けて結んだ結び目が、左右の馬の口につながる手綱という具合です。

それを左右の手で引っ張れば、両手に抵抗を感じることが出来ると思います。

では、今度は真っ直ぐ立つ支柱に、ロープを輪っかにして結んでみてください。

同じ様に、左右の手で引っ張りあいこしたら、左を引っ張れば右が引っ張られ、逆もしかりという状態になることが分かるでしょうか?

要するに、ハンドルをきって曲がろうとしているのに、曲がりたくても曲がれないという状態です。

馬の口に着けているハミと呼ばれる馬装具は、口から抜けるようにはなっていないので、表現が大袈裟かもしれませんが、今回の制御不能の状態はこれに近いものがあったのでは?
と推測しました。

その上に馬は意志を持つ、一馬力もある生き物。

その馬が気が狂ったようになったら、すぐに制御するのは難しいと思います。
そして今回は、況してや競馬をしている最中の興奮状態。

改めて馬乗りの難しさを目の当たりにしました。

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そして、再び巻き起こるどよめき。

また一頭落馬があったようだ。

次は自分の番かもしれない・・・

一寸先は闇というのは、こういうことを言うのだろうか。

そんな最中、がむしゃらに栄光のゴールを目指す人馬たち。

そこには何が待っているのだろうか。

喜び、達成感、感動。

悲しみ、喪失、やるせなさ。

それは、感じるそれぞれによって違うものだろう。

そして、僕と相棒はゴールへと到達し、この激戦を戦い抜いた。

栄光を掴み取った馬と騎手には称賛を。

本当に悲しく残念だが、不幸に見舞われた馬には冥福を。

共に闘ったすべての人馬と、それを支え、応援したすべての人々に僕は賛辞と感謝を述べたい。

今年も一年が終わり、これからまた新たな1ページが刻まれようとしているのだ。



【あとがき】

現地で応援してくださった皆様の声。
そして、寒い中応援してくださった所為で冷え切った冷たい手。

でも、皆さんの心は暖炉のように温もりに溢れていた。
皆さんのおかげで僕の心も温かくなれました。

また仕事や遠距離、スケジュールの都合で来れなかった方々からの応援したいという気持ちがとても嬉しく、いつか是非見に来ていただきたいと思うと共に、感謝の気持ちでいっぱいです。

来年、また一人でも多くの方々に笑っていただけるよう頑張っていきたいと思います。
一年間、ありがとうございました!!

金子光希