またも久々の更新。
自分自身、何ができるのか真剣に悩んでいました。というか、完全に病んでいた感じもあります。冗談ではなく仕事量が多い。今の仕事はやってもやらなくても給与面の上乗せはほとんどありません。別にお金のために働いているわけではないのですが、あまりにも多すぎる。主任手当てが200円、担任手当が3000円だったか。微々たるものです。それ以上に「精神的なもの」の方が多い。「誰かのために」という感覚の中で生きています。他者に認めらえるとか評価されることは関心がない。だから「誰かのため」になっているのかどうかだけが自分の中で「意味がある行為かどうか」の判断基準になる。
色々ありすぎて自分のキャパを越えている部分がありました。抱えれずに涙が出ることも。これは「鬱」の症状に近いのかなと思う部分もあります。多分分かってもらえないと思います。「気のせい」と言われるのかもしれません。この1か月だけでも「想像を超える出来事」が複数重なっています。それに対する対応を求められる。教員なんだから当然それくらいのことはできると思われるのかもしれません。世の中の「表に見えること」とは別に見えないことが多く存在する。そのことをどうやって受け止めるか。青臭いと言われるかもしれませんが、自分自身の中で受け止めきれないことが多い。
もちろん、その局面局面で「自分にできること」を最大限やっていると思います。しかし、「できること」は限られている。想像を超える出来事が複数ある。支部大会の運営。安全第一で競技を最後打ち切る。これに対していろいろ言われるかもしれない。それ以外にも「対応が適切なのかどうか」を考えさせられることもある。「最善だと思って対応した」という事実があっても「結果」がそれに伴うかどうかは分からない。自分自身の行為について批判があるかもしれない。別にそんなことはどうでもいい。
「力になりたい」と思う人たちのために何ができるか。もちろん、全員を助けられる&力になれるほど万能ではありません。分かり切っています。それでも「見えない何か」に苦しんでいる人の力になれない無力感が全身を包んでいました。1日だけ限界がきて帰りました。もう自分自身を保てないなと思って。ストレス発散をしようと思ってさらにストレスをためることにもなりましたが・・・。
何でもかんでもできるわけではない。周りから期待されるほどのことはできない気もします。それでも「できること」はやりたい。自分自身が誰かの役に立つのであれば。「心が壊れる」という状況だけは避けたいと思っています。それによりもっと多くの人に迷惑をかけることになるので。自分自身を保つために何をするか。本当に誰かに必要とされるのかは分かりません。自己満足だったり自意識過剰の部分もあると思います。
保つのが難しい。それだけは確か。