1 求められている能力

比較的長文の事実関係を記載した事例を設定し,そこに生起している刑事訴訟法上の問題点につき,問題解決に必要な法解釈をした上で,法解釈・適用に不可欠な具体的事実を抽出・分析し,これに法解釈により導かれた準則を適用し,一定の結論を筋道立てて説得的に論述することを求めており,法律実務家になるための学識・法解釈適用能力・論理的思考力・論述能力等を試すものである。
(平成23年採点実感)

刑事手続を構成する各制度の趣旨・目的を基本から正確に理解し,これを具体的事例について適用できる能力,筋道立った論理的文章を記載する能力,重要な判例法理を正確に理解し,具体的事実関係を前提としている判例の射程範囲を正確に捉える能力を身に付ける
(平成23年採点実感)

2 捜査は強制処分法定主義と令状主義の理解を示す

法解釈の部分では,刑事訴訟法等の関連規定の構造と,これを解釈した最高裁判所の判例の示す「強制」手段の定義や判断基準の背後にある基本的な考え方,―例えば,なぜ「強制」の処分には特別の根拠規定が要請されているのか,また,「強制」に当たらない任意処分であっても常に許容されるわけではなく,具体的状況において一定の限界があり得ると解されている理由や趣旨―を論じた上で,そこから強制捜査と任意捜査の区別基準や,任意手段の必要性・緊急性や相当性等の具体的な適法性判断基準を導き出すことが求められている。基準の結論部分を記述しただけでは法解釈とは言えず,不十分である。
(平成19年出題の趣旨)

同法第218条第1項は,司法警察職員は裁判官の発する令状により捜索することができるとしているが,令状には,被疑者の氏名,罪名,差し押さえるべき物,捜索すべき場所,有効期間等が記載されているのであり,捜査機関は,裁判官がその捜索差押許可状によって明示・許可した範囲内でのみ捜索できる。本事例において,H地方裁判所裁判官は・・・T株式会社の管理する同社事務所を捜索することを許可したのであり,捜査機関は,その許可された範囲内でのみ捜索を行うことができる。このような令状による捜索の仕組みを踏まえた上・・・
(平成24年出題の趣旨)

刑事訴訟法では毎年,捜査法から出題がされます。刑事訴訟法も刑法と同じあてはめ勝負の科目ではあります。
しかし,その解釈に際しては,強制処分法定主義や令状主義を理解しているということをアピールすることが重要です。
例えば,平成24年の問題では,裁判官が事前に,何を審査し正当の理由があると判断したのかということが表れている答案は良い評価を受けると思います。

不正確な抽象的法解釈や判例の表現の意味を真に理解することなく機械的に暗記して,これを断片的に記述しているかのような答案も相当数見受けられたほか,関連条文から解釈論を論述・展開することなく,問題文中の事実をただ書き写しているかのような解答もあり,法律試験答案の体をなしていないものも見受けられた。
(平成22年採点実感)

なぜ「逮捕する場合において」令状なくして捜索を行うことができるのかという制度の趣旨に立ち返り,「逮捕の現場で」の解釈を明確にした上で,各自の見解とは異なる立場を意識して事例中に現れた具体的事実を的確に抽出,分析しながら論ずるべき。
(平成24年出題の趣旨)

どの科目にも共通してことですが,特に刑事訴訟法は基本原理や条文から思考をスタートさせることが大切です。逮捕に基づく捜索・差押えの場合,いきなり論点として飛びつくのは思考過程が見えず分かりにくいです。
「令状主義の観点からすると原則として違法となる。しかし,220条1項の趣旨は……」とすれば,基本原理や条文の理解を示すことが出来ます。

3 あてはめの考慮要素を用意しておく
刑事訴訟法の要件は,必要性,相当性,蓋然性等の抽象的なものが多いですので,あてはめも場当たり的になりがちです。
しかし,判例で問題となった事案において重要な事実とそうでない事実,適法方向,違法方向に傾く事実に類似した事実が問題文に散りばめられているので,判例を意識したあてはめをしなければ高い評価を受けることはできません。
そのためには,事前準備として判例を読んで,規範を覚えるとかではなく,どの事実をどう評価して,結論を導いているのかを分析しておく必要があります。あてはめは現場勝負だと思っている人がいるかもしれませんが,実は自分の論証を準備するように事前にある程度用意しておくものなのです。

4 事実の評価を忘れない

法適用に関しては,事例に含まれている具体的事実を抽出・分析することが肝要であるところ,様々な具体的事実を考慮要素として挙げながら,どの事実をどのように評価したのか全く言及がないまま結論を導き出すなど,結論に至る思考過程が不明確な答案が目立っており,学習に際しては,具体的事実の抽出能力に加えて,その事実が持つ法的意味を意識して分析し,これを表現する能力の体得が望まれるところである。
(平成23年採点実感)

行政法の「求められている能力」でも強調しましたが,試験委員が求めているのは答案作成者の思考過程を追うことの出来る答案です。
具体的事実を摘示せよと言われると,本当に事実のみを羅列してしまいがちですが,法的評価も加えなければ採点者にはなぜその事実が規範に当てはまるのか,伝わりません。
あてはめをするときに皆さんは頭の中では法的評価を加えているはずです。それを書面にもしっかりと示しましょう。
法的評価は事前に準備することが出来ます。
例えば覚せい剤を捜索差押えをする場合には,「覚せい剤はトイレに流すなど証拠隠滅をしやすい」や「被害者なき犯罪で他から証拠を集めて立証するのが難しい」などです。
判例を学習する際にも裁判所がどのような具体的事実を挙げて,それにどういう法的評価を加えているのかを意識して読むことで,法的評価のストックがどんどんと溜まっていきます。前述しましたが,あてはめは完全に現場思考というわけではなく,事前準備で対応できるところなので,サブノートなどにまとめておくといいでしょう。

5 その他の要件のあてはめを忘れない

刑事訴訟法の定める逮捕及び勾留の各要件(刑事訴訟法第199条,第212条,第207条第1項により準用される第60条等)について,事例に含まれている具体的事実を抽出・分析して,各要件へ当てはめを行う必要がある。問題文に,各要件の検討に必要な具体的事実関係が与えられているにもかかわらず,これらについて全く触れないまま,別件逮捕・勾留に関する抽象論を記述するだけで終わっているような答案が相当数見受けられた。
(平成23年採点実感)

例えば,平成23年では別件逮捕の論点がでましたが,この論点だけをしっかり処理してもそれほど高得点にはなりませんでした。逮捕の必要性や,勾留の要件等,あてはめるだけの要件の認定を忘れないように注意して下さい。
前述の刑法の場合と矛盾するようですが,刑事訴訟法の場合は要件の認定を怠らない方が点数が伸びる印象があります。
もっとも,前述の通り時間との兼ね合いから配点が大きい論点の部分を重視すべきことは言うまでもありません。

6 伝聞証拠の理解を正確に

真に伝聞法則を理解していると見られる答案であるが,このように,出題の趣旨を踏まえた十分な論述がなされている答案は,本年は極めて僅かであった。
(平成23年採点実感)

「一応の水準」に達していると認められる答案・・・・・伝聞法則等の知識があり,一応これを踏まえた論述ができてはいるものの,本件での具体的な事実関係を前提に,要証事実を的確にとらえることができていないような答案である。
(平成22年採点実感)

「不良」の水準にとどまるものと認められる答案とは,伝聞法則等の刑事訴訟法の基本的な原則の意味を真に理解することなく機械的に暗記し,これを断片的に記述しているような答案である。
(平成23年採点実感)

平成24年では出題されませんでしたが,証拠法の分野からは伝聞法則が毎年出題されていました。そして,受験生の理解が不十分であると毎年批判されていました。伝聞法則は難しいので,事前の理解が不十分であれば本番で対応することは不可能です。「伝聞法則の趣旨は・・・」と書いて,適当にあてはめて終わる答案がほとんどです。
授業や自習で理解が定着するまで勉強する必要があります。
また,一般的な基本書や解説書の理解でもいいのですが,まずは問題を検討し,出題の趣旨のような結論をだせるロジックを身に着けるほうが点数をとるという観点からは重要であると思います。ここでは深入りはしませんが,例えば伝聞か非伝聞のメルクマールになる要証事実が何かを検討する際には,前述の民法の要件事実で述べたように推認過程を意識することが大切です。

7 判例との異同を強く意識すべき

最高裁判例(最決平成19年2月8日刑集61巻1号1頁)が存在するから,同判例の内容を踏まえた上で各自の見解を展開することが望ましい。
(平成24年出題の趣旨)

最高裁判例(最決平成13年4月11日刑集55巻3号127頁)が現れるに至っているのであるから,同判例の内容を踏まえた上で説得的に各自の基本的な立場を明らかにし,訴因変更の要否の一般的な基準を定立する必要がある。そして,本事例の具体的状況下における当てはめを行うことになるが,本事例が,同判例の事案と様々な点で異なるものであることは明らかであるから,本事例における具体的事実の分析,評価に関しては特に留意を要する。
(平成24年出題の趣旨)

刑事訴訟法の論文試験では最近の重要判例を元ネタとしていることが多いです。最新版の重判も刑訴の部分は潰していましたという合格者も聞きます。
ただ,司法試験では判例の事案をそのまま問うようなことはありません。どこかの事情が変更されており,判例の射程が本件にも及ぶかを問うものがほとんどです。判例と類似の事案が出たと舞い上がってしまい,判例と異なる部分を見落として判例と同じようなあてはめをしてしまうと,判例を正確に理解していないことが露呈してしまいます。
重要な判例は正確に理解すること,普段の判例学習のときからどの事情を変えたら結論に影響があるかを考えるようにすること,問題文を勝手に判例の事案に引き付けてしまわないことに気を付けてください。

8 捜査,伝聞以外にも注意する必要がある
平成24年では訴因変更の要否,択一的認定の可否が問われました。いずれも重要論点で本来は十分に押さえておくべき部分ではありますが,実際は押さえている受験生はそうはいませんでした。このような論点が出た場合,知っているか否かで勝負が決まってしまうので,書けたというレベルで相対的には点数が付きます。
来年以降も,何が出題されるかわからないので,伝聞法則は押さえながらも,他の分野についてもある程度書けるようにしておく必要があります。特に違法収集証拠排除法則,自白の任意性については,前述のあてはめの考慮要素も含めて十分に準備する必要があると思います。



<ポイント整理>
①判例の射程を意識した勉強をすること
②基本的な原則論から論じること
③法規範や事実の評価など,事前に準備できるものはまとめておくこと