1 求められている能力

刑事実体法に関する基本的知識と理解に基づき,刻々と状況が変化していく複雑な事実関係を法的に分析した上,事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し,事実を具体的に摘示しつつ法規範への当てはめを行い,妥当な結論を導くことが求められる。
(平成23年採点実感)

2 刑法は書けましたは嘘

答案の水準
以上の採点実感を前提に,「優秀」「良好」「一定の水準」「不良」という四つの答案の水準を示すと,以下のとおりである。
「優秀」と認められる答案とは,本問の事案を的確に分析した上で主要論点について検討を加え,甲乙丙の刑事責任について妥当な結論を導くとともに,そこに至る理由付けについても十分に論じているようなものである。特に,事実認定又は法規範への当てはめにおいて,必要な事実を抽出するだけでなく,それぞれの事実が持つ意味も明らかにしつつ論じている答案は高い評価を受けた。
「良好」な水準に達している答案とは,事案の全体像をおおむね的確に分析し,甲乙丙の刑事責任について妥当な結論を導くことができているものの,一部の主要論点についての論述を欠くもの,主要な論点の検討において,関連する事実の抽出はできていても,その意味付けが不十分であるなどの点が認められたものである。
「一応の水準」に達している答案とは,複数の論点についての論述を欠くなどの問題はあるものの,刑法の基本的事柄については一応の理解を示しているような答案である。
「不良」と認められる答案とは,事案の分析がほとんどできていないもの,事案の解決に関係のない法解釈論を延々と展開しているもの,論点には気付いているものの,結論が著しく妥当でないものなどである。
(平成23年採点実感)

刑法総論・各論の基本的な論点についての正確な理解の有無に加え,事実の評価や最終的な結論の妥当性,結論に至るまでの法的思考過程の論理性を重視して評価した。
その結果,事案の特殊性を十分に考慮することないまま,結論を導くのに必ずしも必要ではない典型的論点に関する論述を展開する答案や,事案の全体像を見ず,細部にとらわれ,問題となり得る刑法上の罪をできるだけ多く列挙し,その相互の関係や結論の妥当性を考慮しないような答案は,低い評価にならざるを得なかった。
(平成22年採点実感)

司法試験は難しいですが,試験後に刑法(あるい刑事系)はできたという人が多いです。しかし,そういう人の中で合格点をとれている人はあまり聞きません。答練でも同様です。
主観的な評価と客観的な評価の差が一番大きいのが刑法であると思います。刑法の答案は思考過程の形が分かりやすいので一番最初に書けるようになる科目であると言われています。確かにそれはありますが,それは周りの受験生も同じです。司法試験が相対評価の試験である以上,他の科目よりは書けるというレベルでは他の受験生と差をつけることはできません。他の受験生も,他の科目よりは書けるのですから。主観的な評価としての「書けた」というのは最低限の答案のレベルであるという可能性は十分にありうることは留意していただきたいです。


3 点取りゲームという意識で

事案を離れた抽象的な解釈論ばかりを論ずるのではなく,どのような事実が当該要件の充足の判断においてどういう意味を持つのか(具体例を挙げれば,乙がナイフを甲の運転する車内に落としたことは「急迫性」判断ではどう評価され,同じ事実が「相当性」判断ではいかなる意味を持つのか)についても明らかにすることが肝要である。
(平成23年採点実感)

問題文に示された具体的事実が持つ意味や重さを的確に評価することが求められているが,事実の持つ意味や重さを考慮せず,漫然と問題文中の事実を書き写すことで「事実を摘示し」たものと誤解している答案や,事実の持つ意味や重さについて不適切な評価をし,あるいは,自己の見解に沿うように事実の評価をねじ曲げる答案もあり,これらは低い評価となった。
(平成21年採点実感)

刑法的な理解が示されているのに点数が伸びないという場合は,事実の適示とその評価が弱いことが多いです。自分の頭の中では,構成要件にあてはめて犯罪を成立させたつもりでも,問題文に使っていない重要な事実が残っている場合があります。
自分ではそこまで事実をあてはめなくてもいいのではないかと思っても,問題文にある以上は,残りの事実に点数があります。
また,その事実を使わないであてはめをしているということは,どこかで論理が飛躍している可能性があり抽象的な理解すらも疑われる可能性があります。
もっとも,全ての事実に重要な意味があるとは限りません。全部の事実を使おうとすることは,事実の重要度を区別できていないとも捉えられますし,ありえない事実認定をしてしまうこともあります。
事実の重要度の高低を答案構成段階で判断することが出来るように,普段の学習からどの事実が結論に大きく影響を与えているのかを意識して勉強する必要があります。
事実を摘示しても,それを評価しなければあてはめをしたことにはなりません。
評価というのは法律要件と事実をつなぐ架け橋であるので,それが抜けているということは論理が飛躍しているということと同じですので注意してください。
このように,構成要件に事実の摘示と評価であてはめて点数を稼ぐという意識を常に持って下さい。

4 基本的な理解を示す

事実認定上又は法解釈上の重要な論点は手厚く論ずる一方で,必ずしも重要でない箇所では簡潔に論述するなど,いわゆる「メリハリ」を付ける工夫も必要……
(平成23年採点実感)

あてはめ勝負というと規範部分をあっさりと書く方がたくさんいます。しかし,法律の答案である以上は法律を解釈する能力は問われています。一方で,時間との兼ね合いから長々と規範を書くことは困難です。

刑法総論の理論体系に従い,まず構成要件該当性,次に違法性(違法性阻却事由の有無)という順序で検討し,問題となる構成要件要素や正当防衛等の成立要件を一つ一つ吟味すべきである。
(平成23年採点実感)

そこで,まず問題となっている「行為」を特定し犯罪の成立を検討するという基本的な答案の形や構成要件,違法性,責任という体系的な形がぶれないように最低限の答案の形を守ることを意識してください。そして,要件の解釈ですが,基本的な論点については現場で考えている時間はありませんので,事前に論証を自分で用意しておく必要があります。その際には,その論点の理解が伝わる最低限の理由を書けるように基本書や論証集を圧縮して置く必要があります。

5 時間が足りないという言い訳はしない
刑事系の答案は時間との勝負ですので時間が足りないのは受験生全員の悩みです。しかし時間が足りないと言っている人に限って,無駄な記述が多いです。
例えば,構成要件の全部を①・・・②・・・と列挙する人がいます。確かに,罪刑法定主義である以上,全ての要件を検討する必要があります。
しかし,列挙した要件の中には,争点にならないものが多く入っています。時間がないというならば,まず争点になっている要件を検討し余力があるならば,他を検討すればいいのです(実際,8枚目まで書いてその余力があるという人はめったにいないですが)。どうしても,検討するというのならば,先に列挙するという形にしないで,適宜,事実と要件をあげてあてはめるという形にして少しでも時間を省略して下さい。

6 罪数まで書く
たとえ時間がなくとも,罪数は必ず書いて下さい。そこにも点数があります。
また,採点者はまず罪数から見て,成立する犯罪が出題者の想定したものと同じかを最初にチェックしているといわれています(噂ですが)。そうであれば,そのチェック部分がないという意味でも印象は悪くなってしまいます。
さらに罪数まで書くということは論文を書く自分自身の思考も整理することができます。
罪数の書き方は行為者ごとにまとめてもいいですし,一番最後に「罪数」という見出しをつけてまとめても構いません。時間管理は徹底すべきですが,仮に時間不足に陥った場合でも罪数の部分点を取ることが出来るという点で,行為者ごとにまとめるほうが安全策かもしれません。
なお,罪数処理は一人に複数の犯罪が成立した場合や,複数人が犯罪に関与した場合に全体としてみるとどういう処理をすべきかということなので,ある一人の者が一つの罪責しか負わない場合,わざわざ罪数のところで改めて書く必要はありません。

7 行為者ごとか行為ごとか
刑法の答案を書く際に犯罪の成立しそうな特定の行為ごとにまとめて書いていくべきか,または行為者ごとに成立する犯罪を検討していくべきか,迷う方もいると思います。結論から言えば「書きやすいほうでよい」と思います。
共犯関係がメインで出題されている場合には行為ごとのほうが特定の行為について誰が正犯で誰が共犯なのかを整理して処理することが出来るので書きやすいというメリットがあります。他方で,行為ごとに書くデメリットは行為をあまりに細かく分断してしまう恐れがあるということです。例えば簡単な例を挙げれば「『金を出せ』と脅して,金銭を奪った。」という事例で全体を強盗罪とすべきところを,「『金を出せ』と脅した行為について」と見出しをつけて脅迫罪の検討をしてしまうということです。行為を丁寧に分析するという姿勢は評価できますが,全体として見たときに不自然さはないかを常に意識しなければなりません。
共犯関係の処理よりも,一人に成立する罪責をじっくりと検討する問題(ex.平成22年)の場合には行為者ごとにまとめたほうが書きやすいです。デメリットとしては,行為者ごとに分断して考えすぎて,全体として見たときに共犯関係になっているものがあるにもかかわらず,それを見落としてしまう恐れがあることです。
いずれの書き方にせよ,一朝一夕で出来るようにはなりませんし,答案を書く中で自分の書きやすいスタイルが固まっていくと思います。
④罪数処理も忘れずに

8 総論と各論を意識する
刑法総論の場合は共犯論を含め,あてはめ勝負が多いので,自分では書けたと思っても相対的に点数がつかないということが多いです。一方で,各論主体の問題の場合は,あてはめ勝負というより,淡々と要件にあてはめていくことが重要です。また各論の場合は,何罪が成立するのかという段階で失敗する人がいるため,成立する犯罪さえあっていれば相対的に助かる可能性があります。
その年の問題が総論型なのか各論型なのかは,問題文を見て早い段階で判断した方がいいと思います。もっとも,平成24年のように各論型と共犯の認定という総論型が混ざっている場合もあるので,配点がどこにあるのかを見失わないように注意して下さい。


<ポイント整理>
①刑法総論は独特の理論体系を守る
②刑法各論は淡々と要件の検討をすること
③争点になっているところを見極めて,そこを厚く書くようにすること