当日は、いったん仙台に宿泊です。仙台市内のビジネスホテルは、エアコン無し、お湯無し、シーツの交換無しと言う状況。 でも、大丈夫。似非登山家の私は、冬用の寝袋持参。これをマットレスの上に引けば、山のテントより100倍快適です。
そこで、仮眠をとって朝5:30に石巻に向かって出発しました。
石巻に向かう高速道路は、すでに緊急車両、特に自衛隊のあらゆる種類の車両が、平日の首都高並みにの量です。
じっと外を見ていると、所々瓦の崩れた家にビニールシートがかぶしてある以外は、見た目にはほとんどダメージが無いように思えます。
が、衝撃の瞬間は石巻のインターを降りてからでした。
どこにでもある見慣れたイオンのモールの駐車場にゴミが散乱し、壁も部分的に破損しています。 湾岸方面に向かう道も、コンビニ、牛丼屋、通常なら24時間やっているような店舗も中は真っ暗。周りのガラス壁も破損しています。
これが町の様子です。(4月7日現在)
ボランティアの様子は後日お伝えします。(すいません引っ張って。)
なかなか、現地で見た衝撃は伝えられませんが、今日は現地で取った写真をお見せして、津波と言う普段我々があまり経験したことの無かった災害の恐ろしさをお伝えしたいと思います。
見慣れたチェーン店の悲惨な状況はやはり遠くの国ではなく、自分たちの国で起こったことを感じさせます。
海から1kmほどの住宅地。 津波の威力が凄すぎたのか、瓦礫さえも残っていません。
日本製紙の石巻工場です。 日本の紙の4割近くがこの工場で生産されていたとか。停車中のコンテナさえもまるでおもちゃのように流されています。
ここに来るまでテレビや雑誌で何度も見ていたはずの光景が、自分の目でみるとその凄惨さが思った以上に伝わってきます。 「本当にこんな事がおきるのか?」「人間の営みなんてなんて自然の驚異の前にいかに小さいのだろう。」
そんなことを思いながらいくら見ても、これが本当におきたことなのか信じることが出来ません。
まるで、目の前でどこか違う国のドキュメンタリー番組でもみているように思えてなりません。
角度が少しずれていますが、上の桜が写っている写真は観光ガイドにあった津波前の写真です。
そして、下が津波あとの写真。
小さい写真でわからないかもしれませんが、何も無くなってしまった町をみるとやはり現実感が沸きません。
これらの光景をみて思ったこと、やはり微力でも何かをしないと、何かをし続けないと、そして、普段の仕事の悩みなど、本当に小さな事であることを深く感じました。









