朝、ヒゲを剃っている段階で男というものは、今日駄目か否かというのがなんとなく分かる。
私は偏見の強い人間なので、電気カミソリを何となくカッコ悪いというジャンルにいれている。そんな物を使っているのは腰抜けだとすら思っている。
それは親戚に大嫌いな腰抜けがいて、その人が電気カミソリ好きだからという、100パーセント偏見によるものだ。それでT字カミソリしか使わないのだが、これはリスクがいっぱいだ。だって刃物を顔に当てているのだから。
そういえば子供の頃、カミソリをあてている大人達を見て、何かかっこいいと思ったものだ。このカミソリをあてているの、「あてている」という表現がもう大人だ。僕も大人になったら一生懸命あてたいと思った。それで、どうせあてるのならT字の男になりたいと願ったものだ。
よく「辛い道と楽な道があったら、辛い道を選べばいい」という言葉があるが、それは私にとってT字なのである。
それで今は29歳なので、毎日T字カミソリをあてている。
ところが慣れているにもかかわらず、全く何の前ブレもなしに、完全にカミソリ負けどころか、大量出血をする事がある。
いつだってカミソリ勝ちをしていた自分が、とんでもない量の血が出て、朝のクソ忙しい中に、止血待ちというのがあった。
こういう日は確実に、スタートダッシュを失敗してる。どうやったって、取り返す事が出来ない。
「あぁ、今日駄目だと思う。」
芸人というのはマクラを喋っている段階で、お客様とどれだけ一体感をもってやれるかが分かる。人によっては座布団に座ってお辞儀をした段階で分かるという。私は朝のクソ忙しい中で大量出血の段階で分かる。
案の定、案の定である。
今日は上野広小路亭で「雷電の初土俵」をやった。
この話は江戸時代の伝説の力士雷電の初土俵を描いたもので、身長196センチ、体重169キロ。
勝率9割6分2厘という、物凄い記録を残した男の初土俵の一席である。
私の持ち味の、無駄な迫力と小手先の技術で、うまい事お客様を騙せるかなと思ったら、全然のってこない。ビクともしない。
多少、多少、何かちょびっと反応あったりなかったりだ。
何という惨敗。雷電に悪い。
講談への反省は微塵もなく、明日はヒゲをそっ~とあてようと思った。