武田築石 見学後、食事をして本城の本栖城址にいきました。
友人の親戚の方に話を聞くと詳しい地図を頂きました。
どうやら、廃校になった上九一色中学校校門付近に車を止めてから右側か入口が
ありました。
この時期は落葉の時期なので、とても歩きやすく、虫がいないので快適に見学が
出来ます。時間があれば、細かな土塁や石垣をみることが出来ますが、今回は
先を急ぐことになりました。
天文、永禄年間の武田氏の文書に「本栖在城」とあり、国境警備のために築城されたと云われています。
説明版がありますが、ここからどのくらいで行けるのかは書いてありません。
友人はおよそ半世紀前に中学の頃に登ったことがあるようですが、あまり記憶が
内容でした。だだ城山に行った…かぁ
この城は烏帽子岳から青木ヶ原樹海に迫り出した標高1056mの城山山頂に築かれて
いて、戦国時代には軍事上重要な中道往還が麓にあり、国境警備、監視を行って
いたと考えられているようです。
友人はかなりバテテいます。最初は滑りやすく急登ですね。
切堀の跡が確認できます。
武田氏の文書に「本栖在城」とあり、主郭以下いく筋もの堀切などを施して防備を
固めた天然の地形を利用した要害で典型的山城ですね。
1582年に渡辺囚獄佑が在城していたとも云われています。
この山城の築城時期、営城期間などは明確ではなく、中世戦国期武田信玄から
勝頼の時代にかけて運営され、甲駿両国の境目に築かれた国境警護の城であった
とする見解が有力のようです。
主格 思ったよりは広い印象です。
この先に狼煙台がありますが、友人がダウン寸前なので断念しました。









