なでしこJAPAN優勝で沸き返るその陰で、歴代最多の通算1047勝を土産にして一人の力士がその道に終止符を打った。
年齢・体力から言っても、いつ引退しても不思議ではなかったが、元横綱・千代の富士の持つ大記録を目前にして意地があったのであろう。
大関・魁皇は、その恵まれた身体と相撲界切っての怪力を持ってすれば、横綱になる素質は十分備えていたが、ここ一番という時にその身体に似合わぬ優しさが邪魔をするのか、いま一歩鬼神になり切れず涙を呑む事が多かったように思う。
外国人力士が台等する相撲界の中で、日本人力士の大関としてその位置を維持する彼の孤独な闘いは、これからの相撲界を背負って行くであろう若い力士たちの手本であった。
おそらく身も心も傷だらけの中で、『俺を見ろ』と言わんばかりの取り組みで日本人力士にエールを送っていたのだ。
人は燃え尽きる瞬間が一番美しく輝いている。その燃えカスさえ残さず土俵を背にする魁皇の姿に観客も含め多くの力士たちが心の中で手を合わせたに違いない。
引退後は年寄「浅香山」として後輩たちの指導にあたるが、第二第三の魁皇を育てあげて貰いたいものである。
大関の地位に甘んじて来たことに後悔がなかったかと言えば、それは彼の真意を射ていないだろう。力士の誰もがそうであるように、可能性の追求こそが精進であり目標を一段ずつ登りつめて行った先に結果としての横綱が待ち構えている。
途方もなく長い階段を登るのと同じように人生もまたこの階段なのである。荒みきった相撲界に金字塔を立てた魁皇もまた金メダリストなのかも知れない。