1年に1回更新~!すげ~!
ふと思い出して更新したくなるんだよね。
学生の時、手紙とか好きだったからかな?
文章力はないけど何かを書くってことは好きだったな。
日記も好きだったりする。
3日坊主だで続かないけど。
気づいたらもう12月。
今年はいろいろなことがあって、
たくさん泣いてたくさん落ち込んでたくさん考えた年でした。
私の人生のターニングポイントにしてもいいくらいいろいろなことが変わって、
私の人生観とか考え方とかもガラッと変わった年だった。
ずっと誰かに話したかったけど、
こんな話する相手もいないからここに書き込んでもうそれでおしまいにするね。
カウンセリングとか話聞いてくれるところにお金払って聞いてもらおうと思ったくらいため込んでた。
3月にばあちゃんが亡くなって、そこから私の人生は大きく変わったと思う。
私はずっとばあちゃんのために、と無意識に生きていたらしい。
これも最近気づいた。
というかばあちゃんがいる時はばあちゃんのために生きているなんて気づかなかったし、気づきたくもなかった。
誰かのために生きる人生でもいいと思ったから。
それくらい私にとってばあちゃんは大切で大好きで大きくていなくてはならない存在だった。
元カレに「結婚したいのっておばあちゃんのためでしょ?」って言われたことがあって、
その時は図星だったし、だけど何が悪いの?って思ったから言い返せなかったけど。
ばあちゃんに花嫁姿を見せたかったし、孫を抱っこさせたかった。
ずっと実家にいてばあちゃんと一緒にいたかった。
ばあちゃんが亡くなって、私のその夢は全部無くなった。
ばあちゃんが亡くなってから突然私一人の人生になった。
同時期にずっと依存してきた元カレとも疎遠になって、本当に私一人の人生になってしまった。
そこからは全部無だった。何も無くなってた。
結婚願望もあっけなくなくなり、子どもを授かりたいなんてちっとも思わなくなった。
本当の私は実は結婚願望もなくて、痛い思いするくらいなら不妊症だしこのままでいいやと思ってる女だった。
もう全てが面倒くさくなった。
未来も将来も人間関係も好きだの愛だの。
喜んでくれる人がいないなら、死ぬ元気も勇気もないから惰性で生きていくしかないと思った。
ばあちゃんがいないならこの人生楽しくても楽しくないよ。
ばあちゃんがいたらもっと楽しいのに、私のために大げさに喜んでくれるのに。
ばあちゃんが亡くなって、私の中で決めたことがある。
人はいつ亡くなって会えなくなるかわからないから、大切な人にはちゃんと大好きだよって気持ちを伝えること。
後悔のないように、いつも素直でいること。
自分の思ったことはちゃんと相手に伝えること。
いなくなった後の後悔は一生だから。ずっと後悔し続けることになるから。
こんなこと言うのも嫌だけど、ばあちゃんが亡くなって教えられたことだよ。
さて、人生の路頭に迷っている私ですが、最近はいろいろなことをはじめたり、好きになろうと思ってます。
元カレがアニメオタク大嫌いだったから封印してたアニメとかマンガとかも別れた今めちゃくちゃはまってるし、
タブレット用のペンをプレゼントでもらったから絵も描いてる。
オタク遠征のためにいろいろなところに行ったりしてとっても楽しい。
ばあちゃんが亡くなってから良いことないと思ってたけど、
好きなことをできる時間が増えたから悪いことばっかじゃなかったよ。
それでも半年くらいはかかったかな。
今はお友達と遊んだり、遠征に行ったり、休みの日はいろんなことをしているから楽しいよ。
そういえば弟が実家の近くの職場に勤務になったから休みの日はうちに帰ってきてくれるよ。
全国各地にある職場なのにうちの近くになれたのはばあちゃんが呼び寄せたんだよねきっと。
「家族は一緒にいなきゃ」ってばあちゃんよく言ってたもんね。
1年前の記事では結婚妊娠出産について元カレとのウダウダについて書いてたけど、
女の幸せは結婚妊娠出産だけじゃないと思った。
Mr.Childrenでいうところのデルモだね。
「あのね この間ふと思ったの
幸せってつまり何なのよ
結婚であったり恋が女の全てじゃないにしても
心にぽっかり空いたまんまの穴を何が埋めてくれるの」
「この間また思ったの
幸せってつまりなんなのよ?
子ども作っちゃえばってみんなが軽いノリで言うけど
私にとっては深刻なの
満たされなくていつだって」
女に生まれたからってみんな私に期待しすぎている。
私はもう他人のこと考えて疲れるから恋もしたくないし、
結婚して子ども授かるなんて責任持てないし、
子ども生んでも一番会わせたい人いないし、
晴れ姿を見せたい人もいないから、
恋も結婚も出産もしたくないです。
だから私に彼氏は?だの結婚願望は?だの聞かないでほしい。
今はとにかく自分のために生きるの。
数年ぶりに来た自分の時間を精一杯生きたい。
何がしたいのかとか本当は何がやりたいのか考えたいし、
この先のことだって考えたい。
とりあえず今年いっぱいは私が疲れたからもう休みたいんだ。
たくさん落ち込んで傷つけられて泣いて泣いて泣いて、
もうボロボロになったから。
誰かのために生きていくのもひとつの人生としてありだと思う、
だけどそれをするにはまだ私は若すぎた。
アラサーでまだ独り立ちもしてない私が誰かのために生きても、
私の方が長生きするに決まっているからその人がいない人生の方がどう考えても長くなる。
あと、誰かのために生きていると全部この先の人生が決まってくるから楽だった。
何にも考えなくてもいいから楽、結婚して子ども産んで家建ててっていたって普通の人生を歩めばいいから。
本当に楽だったなあ。
今こうして一人になって自分の無力さとか一人じゃなんにもできないこととか身に染みて思うもんな。
ばあちゃんから自立しろってことかね。
身をもって教えてくれたのかね、ばあちゃんは。
ばあちゃんが亡くなってからの怒涛の日々を忘れないうちにここに残しておく。
アラサーで通夜、葬式、初七日法要、四十九日、墓決め、遺品整理とかいろいろ経験できたのは良かったのかもしれない。
この先の人生にとって大きい経験だった。
葬儀屋さんに連絡するのも遺族側だから、
準備してないと葬儀屋なんてどこにある?からはじまり、
どこの葬儀屋さんがいい?とか安い?うちから近い?ってなるから、
急死するとほんとに家族は困ると思う。
終活ノートとかリビングウィルとか私も作ろうと思ったわ本当に。
運が良かったのか悪かったのか、葬儀屋さん事態はサービスも良かったんだけどその分値段がめちゃくちゃ高くて、
普通だったら香典で全部払えるはずだったんだけど、
思ったより葬儀代がかかっちゃってばあちゃんの雀の涙ばかりの貯金から出したのは忘れない。
香典もらったら香典返し渡して、
昼ごはんとか食事は全部こっち持ちで、
なんか詐欺で「葬式代です」って言えば窓口で現金数百万手渡ししてくれるって言ってたけど、
本当にその通りで2日で数百万はとんだ。
人が死ぬだけで数百万なんだから葬式屋ってでら儲けるなあ。
あと葬式の神式と仏式は決めておいた方がいいというか、
自分がどっちの家系なのか知っておいた方がいいと思う。
うちはそれでママが兄弟間で最後まで揉めてたし。
遺品整理も、うちのばあちゃんもままもよくわからんけど領収書とか書類とか全部残すタイプで、
だもんで書類の整理からはじまったのもなかなか大変だった。
特につらかったのは衣類の整理。
この服よく着てたなとかこの服でお出かけしたなとか思い出すとキリがなくて捨てられなかった。
あと介護用品をレンタルしてて葬儀の次の日に返却の予定になってたから急いで片づけたのも大変だった。
遺品整理して、自分は物が少ないミニマリストになろうと思った。
部屋めちゃくちゃアニメグッズであふれているけど。
こうやって話すことは離すことだってなにかで見たけど、
私は書くことで離すことができたかな。
誰にも話せなかったけど、年末のこの時にやっと離すことができた。
実は今気になる人がいて、あれだけ恋愛したくないだのどの口が言っているかと思われるけど、
やっと前向きに生きられるようになったんだなって見守ってほしい。
やっと自分のことだけじゃなくて、他人のこと考えられるようになったんだ。
今まで自分だけでいっぱいいっぱいだったから、
やっと周りに目を向けられるようになったよ。
人生って、自分一人だけでも生きていけるけど、
誰かがそばにいると人生はもっと楽しくなると思う。
これは最近思い出したことだよ。
ばあちゃんがいたから私の人生すごくすごく楽しい。
ばあちゃんがいなくなってからは自分一人で閉じこもっていたけど、
誰かがそばにいる楽しさを最近思い出したから、
また誰かのそばにいたいな。
今日暇だと思ってたのに仕事忙しかったから文章にまとまりがないかも。
だけど大事なことは書けたから残しておこう。














