亡き祖父は
戦艦大和に乗る人でした。
大工さんだからという理由で
乗船を外されたため
命拾いした

原爆が落ちた翌日
福山から広島へ入市
被爆者となる。

亡き母は
江田島できのこ雲を見ていた
その後黒い雨に打たれた
認定されていない被爆者。

ヒロシマは
遠い昔の事ではなく
こんなに身近なこと

核戦争の恐ろしさを
戦争の恐ろしさを
ずっと感じて生きてきた

1カ月後の
8/6の祈りの日は
犠牲になられた方々に祈りを捧げ
平和を続けるためにはどうしたら良いか
しっかり考える日としたい。