路地裏の奥、月明かりすら届かない石畳の行き止まりで、男は追い詰められていた。
黒い外套に身を包んだ呪術師。その顔には疲労と、それでも消えない歪んだ自尊心が浮かんでいる。
「……観念しろ」
低く、しかし確かな声でヒーローが言った。傷だらけの体。それでも一歩も引かない。
呪術師はふっと笑った。
「いいだろう。だが最後に一つだけ……聞かせてもらおうか」
ヒーローは眉をひそめる。
「何だ」
「自分を倒す男の名だ。せめて、地獄に持っていく土産にしてやる」
ほんの一瞬の逡巡。だがヒーローは胸を張り、堂々と名乗った。
「俺の名は――」
その瞬間だった。
呪術師の口元が裂けるように歪んだ。
「愚か者め!!」
杖が地面を叩き、空気が震える。
「我が呪術はな、対象の“名”を呪文に織り込むことで完成する! 貴様は自ら鍵を差し出したのだ!!」
呪術師は高らかに詠唱を始めた。ヒーローの名を、何度も、正確に繰り返しながら。
闇がうねる。空気が冷え込む。呪いは確かに発動した――はずだった。
だが。
「……?」
何も起きない。
風も止まり、闇も消え、ただ静寂だけが残った。
呪術師の顔から笑みが消える。
「な、何故だ……!?」
ヒーローは首をかしげ、あ、と小さく声を漏らした。
「悪い。今の名前、もう使ってないわ」
「は?」
「先月結婚してさ。婿養子に入ったから苗字変わったんだ」
「な……!?」
呪術師は慌てて詠唱を組み直す。
「ならば新たな名で――!」
再び杖を振るい、今度は現在のフルネームを織り込んだ呪文を叩きつける。
だが。
やはり、何も起こらない。
「ば、馬鹿な……!!」
「……あー、待て。もしかしてフルネームってミドルネーム込み?」
「ミドルネーム……?」
「俺、アメリカ生まれだからさ」
「最初から言えぇぇ!!」
怒鳴りながらも、呪術師は必死に呪文を再構築する。ミドルネームを含め、より完全な“真名”へと近づける。
「これでどうだぁぁ!!」
詠唱。発動。
――無。
「……」
「……」
沈黙。
ヒーローがまた「あ」と言った。
「いや、そういえば俺、子供の頃に養子に出されて名字変わってるわ」
「まだあるのか!!」
「で、そのあと里親が離婚してまた名前変わって――」
呪術師のこめかみに血管が浮き上がる。
「ちょっと待て!! 一旦整理させろ!! 最初の名前! いや出生名! それとも法的現名か!? どれが貴様の“真”だ!!」
「えーと……戸籍的には今のが最新だけど、途中で改名もしてるし――」
「増やすなぁぁぁぁ!!」
呪術師は頭を抱えた。呪文の構造が崩壊していく。どの名を核に据えるべきか、判断できない。
ヒーローは気まずそうに頭をかく。
「あと細かい話すると、漢字表記とカタカナ表記で読みが――」
「お前もう帰れぇぇぇ!!!」
絶叫が路地裏に響いた。
月だけが、何も知らない顔で静かに輝いていた。
《終》
プロンプト
ヒーローが悪者の呪術師を追い詰める。観念した呪術師はヒーローに自分を倒す男の名前が知りたいと言い、ヒーローは名乗る。だが、それは呪術師の罠だった。呪術師の呪いは相手の名前を呪文の中に組み込む事で発動するのだ。呪術師は高笑いし、ヒーローの名前を使って呪いをかける。が、何も起こらない。驚いていると、ヒーローが思い出す。自分が先月結婚して婿養子に入ったから苗字が変わった事を。そこで呪術師はその変わった今の名前で呪いをかけるがやはり何も起こらない。ヒーローが思い出す。自分が産まれたのはアメリカでミドルネームが有ると。でもその名前でもかからない。ヒーローが思い出す。自分が子供の頃養子に出されて苗字が変わった事を。でもその名前でも呪いはかからない。実は里親が離婚してまた名前が……と言いかけた所で呪術師が「お前もう帰れ!!!」と絶叫して終わる……そんな小説を創ってみて下さい。
