乳がん記録7 告知後の周りの人々。 | 葉山のアトリエ・グランスリズエ/ワイヤークラフト教室〜創る・楽しむ・教える〜

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年が明けて、お正月どころの気分ではないかというと、そうでもなく

毎年恒例の年賀状も書いたし、親族揃って賑やかにお正月の乾杯もしました。
自分がガンと宣告されたことを忘れてしまってたほど。ふと思い出して、どよーーんとは、なりましたけどね(^^;;
 
病院さがしを始めた頃、乳がん=早期発見で即手術、ではないという事が分かりました。
色んな説があるし、病気に対する考え方も色々。
心配してくれる家族も色々言ってきましたが、本人がいちばん考えてるってことを分かってくれなくて、とても辛かったです。
毎日暇さえあればパソコンで検索したし、乳がんの知識はかなりのもんです、って言えるほど勉強もしました。
 
会社ではつとめて明るく振舞っていました。
旦那さまの前でだけは、毎日毎日弱音をはいていました。
今思うと精神的にかなり追い詰められてましたね。
心配してくれる親にひどいことも言っちゃったな。。
 
手術をせずに放置するという方法を教えてもらった時でした。
私を実験台にするわけ?
自分の命を一か八かにかけなくちゃいけないの?
放置して取り返しのつかないことになったら?誰が責任とってくれるの?
どうして私を苦しめるの?
 
毎日腫瘍が大きくなってる実感があったし、痛みも増してたから、一刻も早く手術しなければ転移してしまうという思いが強かったんですね。
そんな私に冷静にさせるために提案してくれてたんだと思います。
 
でもその時は、電話でしか様子が分からない上、本の知識だけで、なぜそんなことが言えるの??とただただ悲しくなりました。
でも、オトコ親にとって、娘の胸がバッサリなくなるのはきっと可哀想でたまらなかったんだろうな。
どうにかして切らずに治す方法を見つけようとしてくれてたんだと思います。
お金もないのに大量にプロポリス原液を送ってきてくれました。
 
お母さん、
お父さん、ありがとうね。