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まだ十代そこらの子どもが、本人のあれこれについて「親のせいだ」と言っているなら、自分でいうのかぁと思いつつも一理あるなぁとも思わざるを得ないのだが、成人の年を越えたのちに、未だ自分の現状を「親のせいだ」と嘆くのを聞けば、自分でなんとかできなかったのか?と、すこし突き放した感想をもつ。

もちろん、いくつになっても生まれ育った環境の影響は残るのだろうけれど、年を経るごとにその比率は小さくなってくるものだろう。育ってきた環境の違うひとと比べれば、もちろん違いはあるのだけれど、人間、自分の与えられた環境のなかで、それなりに納得いく答えを導きだすよりほかないのだから。

親から離れて暮らしてきた時間が長くなればなるほど、自分のなかにある親の影響の比率が小さくなってきて、それでも残っている親の一部が、まぁ、たいしたことじゃないんだけど、自分にとっては重要なものだったりするかもしれない、と思えてくる。

誰にとっても親というのは深刻な問題ではあるので、そのことを否定するわけではない。しかし、誰にとってもそれは克服していかざるを得ない問題であって、自分にとってだけ特別な悲劇のように語られても仕方ない。
同情はできないというか、まぁ、そういうこともあるよな、ぐらいにしか思ってはやれないのだ。

おわり