座右の銘を意識して生活している人ってどれだけいるんだろう。
少なくとも私は、そんなことを考える間もなく、日々をすごしている。
常々思っているのだが、力んで生活をしたくはない。
「努力してこんなに会社に貢献しました」
「小さなころから寝る間も惜しんでがんばって、T京大学に合格しました」
「チラシは毎日複数チェックして、安いものを選んで買っています」(ちょっと違うか)
まあ、ほかにもいろいろあると思う。
あんまりひとつのことに固執して、エネルギーを費やすと、磨り減ってしまうよ。
「そういう考えだから、日本の若いやつは社会に貢献しないのだ」
「一生懸命やることこそが、人生に価値なのだ」
っていう年配の方、まあそう言いたい気持ちは十分にわかります。
でも、ひとそれぞれ、能力ってものがあるんです。
もうその人の能力に合った生活を送るしかないんです。
背伸びをして、能力に超えたことをやろうとすると、必ず火傷する。
周囲に迷惑をかけてしまう。
具体的にはどうこう言わないが、そういう人、皆さんの周りにもいませんか?
では、大切なのは、何なのか?
バランス感覚。
ごく一般的な常識。
本質を見抜くための経験。
特に営業職の方は、よくわかると思います。
別に、世でいう「学力」なんてものは、必要ないんです。
「学力低下」なんていってるアホは、学力ランキングで上位の国とその経済レベルと国際貢献度を
よく考えてもらいたい(ここ、きわどいけどあえて書かせてもらう)。
なんだ要するに科挙の国ばっかじゃん。
国対抗学力ランキングの上位にアメリカが入ってくる?
西ヨーロッパの国は?
そんでもって世界の思想的実体的にスタンダードをつくってる人たちは、
なんだかんだいったって、欧米だったりするわけじゃない?
いや彼らだって有色人種差別とか問題いろいろあるけどさ。
「学力低下」って。
要はT京大学を中心とした受験システムの枠の中だけの話じゃん。
そんなのどこに役に立つ?
役に立つどころか、この国の政治や行政の体たらく。
それらを運営している連中の出身大学で、多いのはどこ?
子供に興味を持たせる。
自分からある分野にハマっていくような指導法をする。
物事の本質を理解させるような教育をする。
それが文科省や大学の教育学部の学者の役割なんだけどね。
・・・誰もその使命を果たしてない。
とまあ、熱くなって、だいぶ脱線しちまいましたが。
つまり言いたいことは、力むと狙ったスパットも通せず、
ボールが曲がらないってことなんです(笑)。