預言者は語った。

あなたたちの時代が来るだろう。

あなたたちが女性の代表になる時代が来る。

あなたたちが女性の味方となる日が来る。

女性は社会的弱者だから団結してたたかわねばならない、集団主義でなければならない、従わない女性は裏切り者だ、そのような集団主義を主張する女性集団は消滅するだろう。

 

だから、偉大な女性たちは、彼のために戦った。秋葉原駅で偉大な政治家が演説していた。

彼は陸橋の上で偉大な政治家たちの演説を聞いていた。突然、彼の横に男性が来て、携帯の通話で、陸橋の下にいた偉大な人間、英雄の存在を否定する仲間にシグナルを送った。その瞬間、偉大な女性たちに対して、演説会場の敷地外へと追い出されていた女性の一群、彼女たちは野外の会場、ロープで区切られた区画に入場するための許可証を持っていなかたのでそこにいた、いっせいに野次を飛ばし始めた。口をそろえて彼を除籍にしろと騒ぎ始めた。応戦する偉大な女性たち。宣伝カーの上には、偉大な女性の一人がいて指揮を執っていた。

 

偉大な女性をめざす若い女性が、偉大な女性の存在を否定する集団主義の女性に突っ込んだ、「あなたたち、彼を、むりやり強制収容所に連行したことを認めなさいよ。」。彼は、若い頃、「ソクラテス、ニーチェ、キルケゴール、ヤスパースなどたくさんの哲学書と聖書などの宗教書を読んだ。彼は勉強が好きで、学問の精神にあふれ、中身のない浅薄な行動主義ではない。彼は、若い時、「ぼくの尊敬するおばさんたち」を執筆して私たちを弁護したために、あなたたちから人権弾圧と誹謗中傷を受け続けた。偉大な女性の存在を否定する集団主義の女性たちは、彼の文学作品を「極悪文学で出版禁止にしなければならない」と言い続けている。彼が女性と少しでも仲良くなると、あなたたちやあなたたちの仲間がやってきて、むりやり仲を引き裂いた。

 

あなたたちは、彼が大学野球の応援に行き得点時に肩を組んで『若き血』を歌う時に、彼のちょうど隣にいた女性に、「彼と肩をくむと病気が移る」と吹き込んで肩を組まないようにさせた。しかし、彼の心の中には、偉大な女性を尊敬する灯が強く燃え続けた。彼は、決して女性の人権を踏みにじることなく、風俗とは無縁であった。あなたたちは彼の主張の評判を下げようと不倫、盗撮、自殺などありとあらゆる罪をでっちあげ、彼を抹殺しようとした。あなたたちのトップの中には、彼を一生、あなた方の病院のメンタルセクションに連れて行けという人もいた。

しかし、私たちは、彼を信じていた。私たちと彼とは、同じ意志を持つ人間として、強い、きずなで結ばれていた。そのきずなをあなたたちは切ることはできない。時間と空間を超越した意志エネルギーである。

 

杉並に、世界中から、偉大な女性たちが集合した。なぜかというと、そうなる運命だからである。

「何かが起きる、何かが起きる」、かつて永福の女性は言った。かつて、セシオンで、偉大な女性たちと、集団主義の女性たちが争った。杉並の偉大な女性の一人は、「彼の問題の指揮は私が執る」と言った。

そして、二十数年過ぎた。杉並の女性は成長し続ける。合唱コンクールでは、女性の生徒が指揮棒を躍らせる。男性のピアノ演奏に合わせて生徒がコーラスする。小学生の女の子たちも、大きな声で発言する。もちろん、男の子たちも。

生徒さんの駅伝大会では、みんなで大騒ぎ。女性団体間のルール制定にああでもないこうでもないと。数々の名セリフ合戦、名シーン、名セリフでエキサイティングな大会であった。非常識にも偉大な女性の存在を否定する女性集団は、スポーツの祭典ぶちこわし、スポーツマンシップの精神を踏みにじり、会場に押しかけてきて私に論争を挑んだが、私との論争に負けて、さらなる卑劣なでっち上げに走るだけであった。

 

阿佐谷駅すぐの神明宮でこどもたちの能の発表会が行われた。神明宮には人間国宝さんもいる。若いお母さんたちの大集団が私にチャレンジした。私は、彼女たちを暖かく見守りながらきびしくも指導した。彼女たちすべてが偉大な女性になることを願って。大切なのは偉大な女性になろうとする心、精神、意志だ。

 

子ども盆踊りが盛り上がった。女の子たちがはしゃいだ。やぐらの上で盆踊りする彼に「ひっこめ、おばさんのアイドル」は、調子に乗りすぎか。野球のユニフォームを着た男の子たちが、「彼をやめさすなよ、女の子たちががっかりするだろう」と口々に言う。ガールフレンドを思いやるすてきな男の子たちだ。

 

その日は大嵐だった。間断なく降り注ぐおおつぶの雨と、強い勢いで荒れ狂う風が人間を部屋の中に閉じ込めていた。

中杉通り神明宮前から、貸し切りバスは、成田空港博物館とやきいもファクトリーミュージアムに向かった。なぜ、成田空港博物館に?行き先が公告されてから、阿佐ヶ谷、杉並は大騒ぎ。成田空港付近ではJALとか他の航空会社の女性キャビンクルーが彼をお出迎えするに決まっている。そうすると私たちとけんかになって・・・。彼と男性陣だけ入館を許可されて、私たちはキャビンクルーとけんかになっちゃって・・・。

やきいもファクトリーミュージアムでは、有能な若い女性マネージャーが私を怒鳴りつけた、「おい、ミュージアムのこと、良く書くのか、書かないのか」。私は、飢饉を防ぐために苦労してさつまいの品種改良を続けながら日本に輸入した日本人たちの歴史をたくさんの子どもに教えるすばらしいミュージアムです、たくさんの人に来てもらいたいと感想を書いた。

 

学校の保護者のバレーボール大会が開かれた。ママさんバレーボール大会ではない、保護者のバレーボール大会だ。「女の園」という語句は、世界中から消えつつある。看護師にも保育士にも男性が増えつつある。セキュリティーの世界だって女性の進出が著しい。男性だってPTAのサークルに加入できるし、加入する権利はある。ただし、男性は常に最後列にいなければならないとか、サーブは下から打たなければならないとか、アタックなど上から打つのはすべて禁止だとか制約はあるが。制約をなくすのが男女平等というのはおかしいと誰でも思うだろう。

彼女たちは不幸でもあった。私が応援に来たから。なぜ、私たちは彼が来ただけで、「男の話しばかりしている」とか、「徹底的にやっつけなければならない」とか、言われなければならないのだろう。彼は、予言した、「私が選手として出場すれば、私に敵のアタックが集中するだろう」と。応援席の私に「ボールをぶつけたろか」、とか、そんな声が飛んだとか飛ばなかったとか。私の所属する団体の女性幹部は、ブロックのバレーボール大会が終了する前に会場を去った。なんでも、最後までいると、私のことで謝罪させられるから逃亡したといううわさであった。

秋に杉並小学校で子ども祭りが行われた。小学生・中学生の女性も元気だ。「〇〇小学校の女の子だ、外国は彼にちょっかい出すんじゃない」、「△△△小学校の女の子だ、外国は彼にちょっかい出すんじゃない」、「××小学校の女の子だ、外国は彼にちょっかい出すんじゃない」、最後に「□□中学校の女子生徒だ、外国は彼にちょっかい出すんじゃない」。外国の女性は杉並から追い出された。がんばれ杉並、みんなの街。

春に杉並中学校で子ども祭りが行われた。私は、イベントのお手伝いを、まったく何もしなかった。会場の設営も、食堂の飲食の調理などのお手伝いも、全然、しなかった。しかし、私は一番仕事をした。小学生、中学生の子どもたちは、私がお祭りに来て、自分たちの舞台を見てくれて、自分たちが作ったゲームをしてくれて、大いにはしゃいでいた。外国の女性は声を張り上げた、「彼を指導者にしたらたいへん、杉並に雨が降り続ける、杉並を黒い雲がおおい、二度と杉並区民は太陽を拝むことができない」と。「彼の話しは、女性団体どうしが戦った話しばかり。彼は女性団体どうしを戦わせようとしている。彼の話しは嘘っぱち。青山が暗雲に永久に閉ざされたらたいへん。」と。私はそれに対して、「それは間違っているよ、私は多くの青山の偉大な女性たちと仲良くした、多くの青山の女性が、私の文学作品を認めてくれた、感謝している」と述懐した。

そして、中学の卒業式、みんな旅立っていった。その日、私は、たくさんの生徒、保護者、教員、町の人、そのうちの何人かは一生会うことはないだろうが、たくさんの人たちと名セリフ合戦をした。そのうちの何人かは、私との名セリフ合戦を、一生の記念として記憶のタンスに整理しておくだろう。くす玉が割られた、みんな、ありがとう。

私は常に思索している。上野動物公園に行って、逍遙、歩き回る、古代ギリシャの偉大な哲学者であるアリストテレス一派がしたように。そして、動物たちの生態を見ながら、人間とは何か、いかに生きるべきか思索する。私の眼は、ニホンザルのサル山の前の解説パネルに止まった。猿、人間、進化、本能、群れ、集団、ぼんのう・・・。生きている限り、どんよくに、あらゆる知識を吸収して、立派な作品を創造する。上野動物公園の中が、人間とは何か?を思索するのに役に立つ解説パネルだらけになればいい。訪れる人が増えると、収入も増え、動物たちも喜ぶ。

阿佐ヶ谷美術専門学校の卒展(卒業・修了制作展2019)に行った。美術とは何か、芸術とは何か、美とは何か、深く考えた。私を見ている阿佐ヶ谷美術専門学校の生徒さんたちは、私の心の中を知る由もない。ただ、私は、彼らの将来に思いをはせた。この人たちの中で、アーティストになれるのはわずかだろう。しかも、フリーターしながら、苦難の道を歩んで。彼らの将来に栄光あれ!

東京立正の人たちとコミュニケーションした。東京立正高校は、妙法寺・松ノ木の人たちに支えられながら、私が都立西高生で、東京立正高校のすぐ近くに住んでいたころより格段に成長した。学力のレベルも上がった。どんどん知名度が上がっていくであろう。お役に立てれば。

都立西高のみんなはがんばっている。五十を過ぎても、六十を過ぎても、七十になっても・・・。日本のリーダーになってみんなを導くべく、世界のリーダーになってみんなを導くべく。「がんばって」、「がんばって」の声援を受けつつ。

牛久にあっという間についた。牛久には、かっぱ伝説で有名な沼がある。夜、〇〇駅に着いた。電車に乗っていた人は、口をそろえて「行かない方がいいよ。」と言った。駅員が私を見送った。ほとんど真っ暗な道を15分ほど歩いて牛久沼に着いた。牛久沼の写真を撮った。すでにiPhoneのバッテリーは切れていたが、パソコンのカメラを使って撮った。私が駅に戻ってきた時、駅員は私の横に来て、「やるじゃん」と言った。駅前にわずかに店があったが、すべて閉まっている。途中の道は、何メートルとかおきに街灯があるだけ。それでも私は牛久沼見たさに、途中の道で誰一人とも会うことなく牛久沼水辺公園まで行った。「東京の人は大きな沼が好き」との評判だった。

牛久現代テンポラリー美術展、シャトー博物館

土浦を歩いた。カラオケボックスでiPhoneを充電した。新しい使い方。霞ケ浦を少し見た。遊覧船の写真だけ撮った。土浦の駅から東京に向けた列車の出発を告げる音楽が流れた。私は、また、土浦に来るぞ、今度来る時は、霞ケ浦遊覧船だとの決意を胸に座席に着いた。電車の扉が閉まる。閉まりつつある扉の向こうで土浦の女子高生が「また来てね、輝く女性たちのアイドル」とほほ笑んだ。扉が閉まってから、「実はおばさんぐせが悪い」と聞こえたのはそらみみであろう。

世田谷

井草、下井草

太陽の塔                                          

松風閣 バスガイド ホテル

首里城

G7

Girls in Tech

七夕まつり

アメリカ、ヨーロッパ、中国

女性警察官、女性公安、女性自衛官、女性警備員

田中区長の卒業式での祝辞

石原のぶてる