青森旅を続けます。
ようやくずっと会いたかった叔母との再会です。



青森のおばさんとの初めての出会いは今から12年前のことでした。
あっ、青森のおばさんとは私はとても仲良くさせてもらってますが、旦那さん側の叔母さんです。

義母からも一度も「青森に親戚がいる」などとは聞いたこともなかったんです。
旦那さんも知らなかったようです
義母も「青森に従兄弟がいる」と知ったのは私と同じ時期(12年前)、なんとなく「そういえば、小さい時に自分と同じくらいの女の子と遊んだ記憶があるけど、その後どうしたのか?その子が誰だったのか分からなかった」というくらい、義母や他の叔母達のなかで存在を知られていなかったようです。

大人の事情で、その存在を探さないといけない状況となり、探し出したのが青森のおばさんでした。
みなさんが京都で集まられ、その時の移動や京都の観光案内を私たち夫婦が行いました。
義母の故郷である長崎からも初めてお会いする従姉妹さんがやって来られたり、よく知ってる叔母さんや叔父さんも来られて賑やかな時間を一緒に過ごさせてもらいました。

それが縁で、従姉妹同士以外の私たちは青森のおばさんともとても仲良くさせてもらいました。

京都を案内したのはたった2日。
たった2日だけ会ったおばさんでしたが、おばさんの雰囲気や人柄に私はとても親近感を覚えて、帰られてからも連絡を取る様になりました。
まぁ、それでも年賀状と年末に京都のお菓子を毎年送るくらい。おばさんからは12月にりんごが送られてきて、そのお礼に電話でお話しするくらいでした。

今の様に頻繁に電話で話したり、おばさんから色々と送られてくる様になったのは、私がちょっとしたいたずら心で「文旦」を送りつけてからです。

LINEの交換をしたら、少なくとも週一にはどちらからか連絡を入れる様になりました。
そうなると会いたくて。
「だったら、今年青森に行こう」
と計画してようやく実現したわけです。

12年前にたった2日間だけのお付き合いだったおばさんですが、ホテルのロビーですぐに分かりました!
「おばさん??おばさぁん!!」
「おおーー、○○さん、よぐ来たねぇ」
「○○さんも、よおこそぉ。よぐこんなとおぐまできてくれたねぇ」

81歳のおばさんが運転する車でおばさんの家へ。
数年前一度も会うことなく亡くなったおじさんのお仏壇にお参りしたかったんですよね
でも、その前におばさんがあれ食え、これ食え、それ食えと次々にいろんなものを出してくれてお喋りが止まらなくて、思わず!
「ストーーーップ!おばさん、先におじさんのお仏壇にお参りしていいですか??」
「あはははーーー、そうやったねぇ、わずれでたわ。お父さん、すまねぇな」
お参りをさせてもらって
またお喋り。


おばさんが出してくれたものの一つ。

なんちゃらハートっていう高級さくらんぼさくらんぼ

一個何百円もするんだって


きゅうりの佃煮、ささげの煮物、自分ちで採れたとうもろこしを茹でたもの、梅シロップジュース、アイスコーヒー、りんごのシロップ煮


「持って帰るか?」

「いやぁ、ちょっともたないかも?」

「そうだなぁ、じゃあ次に冷凍もん送る時に一緒に入れてやる」

「あー、土産は何が良い?なんでも欲しいもん言え?!」

黙ってると

「こんな時は遠慮するもんじゃねぇ!欲しいもんあったらなんでもいえ!」

「なんでもって…うーん、あっ!嶽きみ?!」

「あー、それは8月になったら送ってやるさ。今は?何が良い?」

「じゃあ、こっちで適当に送ってやるべ」


17:00ごろになったので

「今日はうめぇもんなんでも食わしてやっから。いっぺぇ食え」

アスパムにある郷土料理店に連れて行ってくれました。


私のは、ホタテ御膳

味噌汁をじゃっぱ汁に変えてもらいました。

ホタテフライ、ホタテの刺身、ホタテの塩辛?、焼きホタテ、ホタテの唐揚げ、香の物、ご飯、じゃっぱ汁、貝ひもの和物

別注文の貝焼き味噌


旦那さんの方は郷土御膳

味噌汁はけの汁に変えてあります。

貝焼き味噌、刺身盛り合わせ、けの汁、貝ひも和物、手前のはなんだ?


すると

「○○さんの御膳には、貝味噌焼きがついてないから、別に頼んだらいい!それに「イガメンチ」も別に頼もう!あっ、ホッケ好きだろ?ホッケも…他に〜」

「おばさん!無理ですって。自分の定食だけでもお腹いっぱいになるのに」

「なぁに、若け〜んだから食える、食えるべ」

いやいや、アラカンですぜ、おばさん。

どでかいホッケも


私はおかずが多かったので、旦那さんがホッケはほとんど食べました。

ものすごく大きいホッケなので、これだけでお腹いっぱいになりそう。


貝味噌焼きも

こちらが別注文の貝焼き味噌


なんだかおしゃれな「いがめんち」も

このイガメンチも私は一口だけ。

旦那さんがほぼ一個食べて、おまけに叔母さんが「○○さんなら食えるべ」と自分頼んだイガメンチまで旦那さんのお膳に乗せたから、頑張って食べてました(笑)多分ギブアップ寸前だろうけど、叔母さんの勢いに負けたのと、おばさんに会えたのが嬉しくて頑張ったんだと思います。


「○○さん!ホタテが足りねえな?別に頼むか??」

「いえっ!!!!もう充分ですから!」


津軽海峡を眺めながら、たくさんの郷土の味を楽しみました。

じゃっぱ汁もけの汁も、イガメンチも、ホッケも、ホタテも、貝味噌焼きもどれもめっちゃ美味しかったです。

さすがに叔母さんも

「これだけ食ったら、腹いっぺーだンな、あはは!」豪快愉快な叔母さんです

でもね、おばさんは私と同じホタテ御膳だったんですが、ペロリと自分の分を食べ、ホッケも半分、貝焼き味噌も食べてたんですよ。

81歳の食欲おそるまじ!

だから、元気なんですよね照れ


おばさんの笑顔と何を言ってるか半分くらい分からない津軽弁が心地よくて…

ずっと聞いていたい


「わたしが生きているうちにまたきてください!!美味しいもんも、行きたいところも、なんでも叶えてあげるがら。次は下北にマグロ食いに行くべさ。

雪の時もおもしろいぞー。かなり寒いから「嫌だー、帰るー!」っていわれるか??それでも楽しいからまた来てくれ!」


いろんなことを教えてもらいました。

ねぶたの違い、掛け声から、楽しみ方まで。

「ねぶたの時はうちさ泊まったらいいべさ。いつでも来てくれ!あー、北海道の帰りとかでも寄ってくれればいいし」


食事の後は、おばさんがまた

「下の売店で好きなもん買ってあげるから」

ってなんか色々買ってくれました。


いままで、関西組や関東、長崎のメンバーは寄り集まって会う機会も沢山あった時も、自分だけ1人遠く離れていたから仲間に入れなくてやっぱり寂しかったと。

みんなと会った後も、連絡を取っても梨の礫だったりで繋がらなかったと。

そんな中で、年に数度のやり取りでも繋がったのが、私たちだったから嬉しかったと話されてました。

青森にいくって話も「いくいく詐欺」みたいなものかと思ったら本当に来てくれたから嬉しかったって言ってられました。


食事してからホテルまでは車だと5分くらい。

別れがたいけど、また必ず遊びに来ることを約束してお別れしました。


別れてから

「あーーー、写真撮ってないやん」

おばさんに電話すると、叔母さんも

「いやぁ、写真の一枚も撮って無かったって後で思ったよ。でもさ、また来るでしょ??○○さんなら、また来でぐれるよね?!だから、写真はその時だ」


帰ってから送られてきたおばさんからのお土産


これ以外にもいろんなものが次々と送られてきましたびっくりびっくりびっくりびっくり

お礼の電話をすると

「楽しかったねぇ〜。あっという間だったけどね」

「青森のもので欲しいもんがあったらいつでも連絡してこい。送ってあげるから。「おばさん、魚無くなりました」「ジュース飲みたいです」なんでも良いからねぇ」


おばさんの津軽弁が聞けることが何より嬉しい

また、行きたいです

そして、おばさんに会いたい


旦那さんの方のご親戚だけど、波長が合うっていうか、とにかく心地よい

京都生まれの京都育ちの私

親戚もみんな京都

旦那さんは長崎生まれの大阪育ち

ご親戚は長崎や関東、大阪にいるけど義両親が亡くなってあまり連絡を取らなくなったので、関東のおばさんたち以外はどうされてるか分からない状況


帰省とか、田舎の親戚ってのに憧れがある私の中で突然現れた青森の親戚

いま、わたしの中ではご自慢の親戚なのがこの青森のおばさんです

姉も「なんかええなぁ、青森の親戚って。私も一度お話ししてみたいわ」なんて言ってました。


豪快な叔母さん

温かくて、肝っ玉座ってて、可愛い叔母さん

絶対にまた会いに行くぞ!!