
先日、大魔女Nさんのお宅に遊びに行った際、初めてダウジングロッドを使ってみた。
たった二本のL字型カッパー棒が数千年もの間、水脈や金属を探す、或は探し物を当てるなどに使われている事に驚く一方で、悪魔信仰として禁止されていた時代もあった事は有名。
とにかく大魔女のお宅には面白いものが色々あるので私は見た事もない玩具があっちにもこっちにもあるからいつもワクワクするのである。
で、今回は大魔女特製のピラミッド瞑想をした後でクリスタルボールやアボリジニの木槌のような打楽器で火の用心の時に打つ、あの高くて響く音が出る(浄化に使うらしい)
もので遊んでいた。
おもむろに、大魔女がダウジングロッドを「やってみる?」と差し出して来たので、見よう見真似で軽く握ってイエスか?ノー?かで質問をしてみた。
「私の名前はゴンザレスゴンザ~レ(新しい名前)です」
ロッドは動かないまま
「じゃあ、旧姓で言ってみて。魂の最初に決めた名前の方が分かり易いのよ」
「私の名前はゴンザレス牛山です」
左のロッドが内側へぐる~っと動き出した!
ちなみに左の手が現実で、右は霊界と繋がりやすいらしい。
「私は男です」
ロッドは外側へノーーー!
「私はオカマです」
ロッドは更に大きくノーーーーーーーー!(笑)
「私は、大人です」
イエース!
こんな風にして動き出しました。
これってこっくりさん現象で自分が無意識に力を入れてしまってるんじゃないか?って思ったりも最初はしたんだけど、この後、自分でも驚く事がありました。
「あなたは私の守護霊(ハイヤーセルフ)ですか?」
ロッドは小さく、ノー。
大魔女が「思い当たる人がいたら語りかけてみたら?」
と言うので咄嗟に私は父を思い、
「パパ?」と尋ねると
ロッドは内側と外側に大きく頷くように何度か弧を描き出した。
「え!パパなの?え~~~~!(涙)」
ロッド、相変わらず大きく頷く感じ。
「パパ、元気?」
ロッド、小さく内側にイエスと動く。
「パパ、そっちは苦しくない?」
ロッド、再び、イエスと動く。
「何か言いたい事があって来てくれたの?」
ロッド、大きく一度イエスとしっかり動く。
「うーん。。。何だろ? 孫の事?」
ロッド、ノーと言う。
「うーんと、ママの事?」
ロッド、イエスと静かに答える。
「ママに伝えて欲しい事があるんだね?」
ロッド、イエス!と更に大きく答える。
※父は短気でユーモアのある性格だったので、私がしつこく何度も同じ事を繰り返すと苛ついてるような、そんなアンサーが父らしかった。
「わかった、わかったよ!じゃあ、ママへのメッセージね」
ロッド、小さくイエス。
そこで大魔女が「お父様が心残りにしてらっしゃった事がある筈だから、それを聞いて見てご覧なさい?」
父は病床、いつも家に帰りたい家に帰りたいと言ってた。
とにかく病気のデパートと言われた程、大きな病気の殆どを抱えていた(C型肝炎、心筋梗塞、糖尿病、癌など)癖に、不摂生を物ともせず、まるで自虐的とも言えるようなお酒の飲み方だった。
「パパ、ちゃんと体を大事にしていたらもっと家族と長く過ごせたって後悔してるの?」
左のロッドがもの凄く大きく内側と外側に大きく振れて、その棒をしっかりと握り直した程だった。
「そうね、もっと長くみんなと過ごしたかったんだね(涙)」
そうなんだ!と大きく強く振れ続けていた。
「じゃあ、ママにそれを伝えればいいんだね?」
ロッド、頷くように振れる。
「パパ、また時々こうして話が出来る?来てくれる?」
ロッド、動かず。
「パパ、来てくれてありがとうね!みんなにちゃんと伝えるからね!」
ロッド、動かず。
父はちょっと気難しい所があって、分かりづらいシャレや冗談を言っては人を試すような所があった。
亡くなってすぐ、一番下の妹が電話を取ったとき、受話器の中から父の声で
「かおたん、元気かい?」
と音声で現れたり、私の夢枕に病衣のままやって来て、
「大丈夫だ(笑)」とだけ言ってご丁寧にふすまを閉めて出て行ったり。
死んだ後でもユーモアのある父が今も強く後悔してた想い。
もっと家族と一緒に長く過ごしていたかった
だから、
もっと体を大事にしておけば良かったし、
食べ物やお酒にも十分気を遣っておけば良かったし、
他人にいい顔して自分に無理をしなければ良かったし、
もっともっと自分を愛してあげれば良かった
って言ってるんだなぁと強く父の想いが伝わるし、
その想いを今母に伝えて欲しいと現れている意味も分かる。
母は70歳を過ぎてもまだまだ孫達の為に自分が頑張らないと!と背負い込む。
今迄のように出来た事が立ち行かなくなって来ている上に、生来、他人の面倒は見れても自分のケアが下手くそな人であるから父が心配して警告に現れたのも容易に解せるのです。。
そんな父の優しさも、やはり父だからだなぁと胸の奥から溢れて来るものがありました。
このメッセージを受け取ってすぐ、家に到着したのは既に朝の3時を回っていたのだけど、日本は夜でしたから早速母に電話してこんな事があったと伝えました。
最初は母もまたゴンがわけの分からない話をし始めた(汗)と取り合わなかったんだけど、「パパからママにメッセージだってさ」と言うと、電話の向こうで正座するか?のように身を正してる様子が伺えました(笑)
「うん、わかったよ。そうだね、体を大事にしなくちゃ元も子もないもんね」
もしかすると、人はそんなのは嘘っぱちで自分で動かしてるんだ!とか、或は低級霊の仕業なんだ!なんて言う人もいるかもしれない。
それでも、私には何が一番肝心か?って事だけだ。
私に起こった事を、私がどのように解釈するか?感じるか?だけだ。
そして私はこれを私の暮らしに生かぜばいい。
父から貰った気付きとして、家族の健康や不幸を呼び込まない為の策として。
大魔女から頂いたプロテクションとアバダンス
いいものも、悪いものも寄せ付けてしまいがちな私に必要なプロテクション。
霊感の強い人、人によく会ったり、いろんな場所に行く人にはお守りのようにして持ち歩くといいそうです。(ちなみにホワイトセージでの浄化はだいぶ効力が弱まっているようです。)
アバダンスが我が家に来てその日の朝、ネットオークションに出品していた物への問い合わせやオファーの電話がひっきりなしに掛かって来たり、車が高値で売れたり、何よりもおとーちゃんが希望していた勤務地への異動が数十人中でなんと一番で決定したのには驚いた!
他にもアバダンスには逸話があって、車のセールスマンをしているご主人に持たせた所、8人中7人がそれをつけて営業をしたらその日、その7人が車を売ったそう。つけなかったセールスマンは自分が信心深いカトリック信者だからそんなものは使わないと拒んだそうですが、大魔女は「聖書の中に信心深い男のたとえ話があるんだけど、そのお話を彼にしてあげるといいですよって後日話したんですよ」と。
これは聖書に書かれているたとえ話の大まかなお話ですが、
もの凄い嵐がやって来て、街も人もみんな逃げ惑う中、信心深い男は家の屋根に登ったまま神の助けを待った。最初、レスキューに訪れた人が「そこは危ないから一緒に逃げましょう!」と言うと、男は「私は神を信じているのでここでそれを待ちます」と言ってレスキューを断った。更に事態は悪くなり、レスキューが再び彼のもとを訪れましたが、「私は神を信じているのでここでそれを待ちます」と言って動こうとしなかった。三度目にレスキューが来た時には男は同じ言葉を残して溺れて死んでしまったそうです。死んだ男は神の前に立って、「私はあなたをこれほどまでに信じていたのに、何故あなたは私を助けてくれなかったのです!」と怒りました。すると神は「だから私は3度もあなたの元へレスキューを送ったではないか」と言ったそうな。

人は時として自分の目に見えるもの、聞こえるもの、感じるものだけが全てで自分の知らない世界を受け入れるのが恐ろしかったり、頑として受け入れようとしないが為に多くのチャンスを逃しているように思えます。
実はちゃんと導かれていて、
そして流れに身をまかせていれさえずれば
自然と自分が行きたい場所へ連れて行ってくれるのではないでしょうか?
抗わずに、頑張らずに、子供のような柔軟で素直な発想が
これからの世界へ船出する羅針盤になってゆくようなそんな気がしました。
そして、いつも大切なメッセージは私たちのすぐ傍に。
それを受け取るのも、受け取らないのも
私達次第って事なのでしょうねぇ。
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