さてさて、この所ずっとご無沙汰しておりましたが皆さんはお変わりありませんか?

遅ればせながら残暑お見舞い申し上げます!

昨日、3週間のアメリカ滞在を終えた姪達を無事に見送り、今日の夕刻におとーちゃんはタイへと飛びました。

「8週間ずっと忙しかったんだからゆっくりな」

おとーちゃんを見送った後、早速コンビニで売ってるコンパクトな便利グッズをまとめて買い、ホテルのラウンジで一服してると隣の席の若い女性たちの会話が耳に飛び込んで来た。

「35歳までは絶対に子供産んでなきゃマズいよね」

「年子産んだら恥ずかしいじゃん」

「子供が二人とも女の子でどっちが美人でどっちがイマイチだったらヤバいよね」

一々ツッコミを入れたくなる会話にアイスコーヒーを半分飲んで退席笑

三週間共に過ごした姪達がこんな会話をするようにならないようにと憂で見ても仕方ないけれど、今の日本人の間には色んな格差が確実に、そして急速に広がりを見せているのは否めない。

情報の格差、生活の格差、世代の格差、感覚や感情の格差

将来の展望が狭められた日本人には明らかに今までとは異なったビジョンが必要になる。

放射能汚染という目に見えぬ敵と対峙しなければならないし、それと共に共存していかなければいけない。その上、国際社会からも手厳しい対応を迫られ、アメリカに追随するような今までの外交など誰が見ても愚かな所業。近隣諸国からの圧力もここぞとばかりに厳しくなるだろうし、輸出入も減るだろう。

自分たちの身は自分たちで守る

震災後に多くの人々が声を大にして言ってるように、個人も、自治体も、国も、他に依存しないシステムへの速やかな移行が今まさに求められているのではないか?と思う。

様は、自分たちの手に余るものは持たないという生き方だ。

過ぎたるは猶及ばざるが如し、、、なのだ。



この数ヶ月間は引越と片付けに追われた日々でもあったから、如何にモノに私たちが溢れて、埋れているか?を嫌というほど感じた。

被災地へ支援のつもりでモノを送った人たちの中には、汚れた衣類まで送って来た人たちも少なくない。

「これは本当に悪意さえ感じます」

ボランティアに尽力されてる代業者の人が怒りを感じるのも最もである。

私もなかなか断捨離が出来ないでいたけれど、おとーちゃんと暮らしてからは必要なモノと必要でないモノの割り振りがより一層はっきりした。

大切なモノが何なのか?分からないうちはのべつ幕無しにモノに埋まるが、断捨離は自分が何であるか?を知るいい機会であり、愛情や愛着心と向き合う場でもあると思う。

自分に必要ないから誰かに委ねるのではなく、その人が今何を必要としてるか?を考えられる人になりたいもんだ。



そしてもう一つ特記したい事がある。

今、福島で作業してる人々の多くは身元のはっきりしない日雇い労働者が殆どである。

彼らの命を削って受け取るべき収入は暴力団の手に殆ど渡ってる構造を知って頂きたい。

私は今まで原発で甘い汁を吸い続けて来た人々が現場で作業に当たれよ!と言いたい。

その為の保険だろ?と。だったら納得出来るが、やはり一番社会から虐げられてる人々にその皺寄せが及び、あろう事か?彼らの命を削った報酬さえ闇から闇へと吸い上げられる仕組みだ。

国や東電がこの様に暗黙の了解で作業員を集めて労働させている事実だけは知っていて欲しい。



ブログを休んでる間も色んな事がありました。

だけど、全然痩せてません爆!

とりあえずご報告まで。