甲府に帰ってきました。

今回の里帰りは、実は実家の父が手術入院したので、予定より大幅に長くいるということになったというわけでした。

2週間はなかなか、長かったですね。

父は無事退院して、現在は仕事にも復帰してます。


そういうわけで、要するに実家の家事手伝いのために里帰りしてたので、ロクに休養にはならず、むしろ夏バテをぶり返しちゃったりするという、なんだか意味があったのかなかったのかわからない2週間でした。

でも、手術後に父と母と姫とアンパンマンミュージアムに行けて、姫が大喜びだったのは本当によかった。

久しぶりに友達に会えたのも本当によかった。



父の入院話で思い出したんですが、変な話で最近命について、、、というか、自分の死に方についてよく考えることがあります。

親になったからでしょうか。

どうにもこうにも、姫には金銭面でも体力・精神面でも、自分のことで負担をかけずにこの世を去りたいな、と思います。

一番いいのは、朝起きてたら死んでた、というのがほんとに一番いいですね。

自分も痛みとか苦しむことなく死ぬわけだし。残されたほうはショックかもだけど、立ち直るのに時間がかかったりするのかもしれないけど、それでも介護だ医療費だと負担になるよりはずっといい気がする。少なくとも、自分は姫にそういう負担はかけさせたくない、と本気で思います。


それと関係ないけど、ネットでこんなの見つけました。

今、森山直太郎さんの新曲の歌詞の内容が、賛否両論なようです。

森山直太郎「生きてることが辛いなら」

確かに過激だけど、あたしは太くて低い大きな優しさのある歌詞だなーと思いました。

なんでもモノがあって、食べ物もあって、便利で、だから、人って「無」のほうへ引きずられるのかな。

自ら「無」になろうとするのかな。

人の苦しみは、その人にしかわからなくて、だから、その重さとか大きさはその人の感じる度合いにもよるから、簡単に、

「そんなの大丈夫だよ」

とか

「頑張りなよ」

とか、昔みたく言えなくなってる自分がいます。励ましたいんだけど、こんなあたしみたいななんの苦しみもわかってない自分が、そんなおこがましいことを言えるのだろうか。


大学生になって、それまで知り合った人とは全く違う人種の人々と出会って、「世の中にはいろんな人がいるんだなー」と思って、その気持ちは社会人になるともっと大きくなって、さらに母になるともっともっと大きくなっていきました。


みんな苦しみも喜びも、その種類も度合いも全然違うけど、あたしはその出会った人達の中の、大好きな人達の味方でありたいと思います。

なんにもできないし、なんにも言ってあげられないけど、大好きだという気持ちを、でも、わざわざ「大好きです」んて言わないけど、ひっそりと影ながら応援しつつ思い続けようと思います。


なんの話だかよくわからなくなりましたが、ちょっと最近いろいろあったので、心がもやもやしてたのでした。


あー、すっきり。

明日からまた頑張ろう。