私とナガサキ
〜長崎の坂と風と鳥の声〜
かなり久しぶりに訪れた長崎。
長崎は、私にとって時間の流れが
少しだけ違う場所。
学生時代を過ごしたオランダ坂を歩くと、
どこからともなく鶯の声が何度も響いた。
まるで、忘れていた何かを呼び起こすように。
昔は気づかなかった、
石畳に刻まれた歴史の重みが、
足元から静かに伝わってくる。
異国の気配と祈りが残る坂の町。
私は東山手資料館に入り、
かつてこの地に音楽と学びを運んだ
女性たちの足跡に心を寄せる。
エリザベス・ラッセル女史。
そして音楽を広めたギール女史。
その名に触れたとき、
自分もまた形を変えて
「声」や「音」や「言葉」を
人に手渡そうとしているのではないか――
そんな不思議な既視感に包まれる。
ふらふらと、何も考えずに歩く。
気がつくと、大徳寺の大楠にたどり着いていた。
その瞬間、境内の大楠を突風が吹き抜けた。
思わず立ち止まる。
それはただの風というより、
長く眠っていた記憶の扉が開く合図のようだった。
眼の前には梅香崎天満宮。
その先に若杉稲荷神社の赤鳥居。
神社に祈りを捧げる人を横目に、
公園のベンチに腰を下ろす。
子どもたちの明るく無邪気な声。
そんななか、
「おはようございます」と私に挨拶する少女。
そのやさしさに、心がふっと弾む。
梅は咲き始め、風はなお強く、
猫たちは三匹、陽だまりの中で身を丸めている。
ひとりの青年が、猫と戯れている。
大徳寺公園の中には、
長崎出身の美輪明宏さんも愛した、
菊水の大徳寺餅がある。
偶然にも今日は、月に数回だけ開く営業日。
先月亡くなった店主の不在を抱えながら、
なお変わらずそこにある餅は、
人から人へ、祈りのように受け継がれてきた
時間と歴史そのもののように思えた。
小春日和の穏やかな陽だまりの中、
鳶が大きく空を旋回している。
長崎の坂と風と鳥の声。
子どもたちの明るい笑い声。
猫のひなたぼっこ。
そして、大徳寺の餅。
それらすべてとナガサキの風が、
人生後半を歩く私の背中を
そっと、そして確かに押してくれた。
私の中の、大切な「ナガサキジカン」。


