高瀬舟的な希死念慮の考察(´・ω・`) | kanagawakomatiのブログ~統合失調症を越えて~ 人生万事柳に風

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私の二十代のモテ期をぶっ潰した、統合失調症について、回顧録がてらお伝えします。
人生の半分以上(約20年)の投薬の間に経験した、薬との付き合い方、経験談等々綴っています!

最近、「死」絡みの出来事が多いような気がするのは、お盆だからだろうか?
…(´・ω・`)


精神的に病むと、希死念慮が多くなる。
希死念慮…ざっくり言うと、
積極的に死を望むこと。死のうとすること。


私は自傷行為はありませんでしたけど、二十数年間の投薬治療中に、何度か(2~3回?)オーバードーズと言われる「薬の過剰摂取」をしたことはありました。
オーバードーズでは、私は死ねませんでしたし、それこそ病院で胃洗浄…とかもありませんでした。

結構強めの薬だったのになぁ…(´・ω・`)
一番ヤバめだった時、精神科で処方された薬を持ってそのまま電車で海岸へ行き、全部飲もうとしました。
(全部はさすがに飲みきれなかった)
海岸に行った時に、本当に自然と涙が止まらずにしばらく泣き…

砂浜に座って薬を飲み、1時間かそこら…2時間は経ってないと思った。

急に寒くなってきて、(体温が下がったのかな?と考察)
そしたら、急に少し怖くなってきて…
携帯電話で父の会社に電話してました。
父は不穏な空気を察し、
「お父さんすぐそっち行くから!自分で戻れるところまで戻って!」
と、私に駅まで戻るように言って電話を切りました。
海岸に来た時は薬全部飲む!
と思って来た私が、今度は駅まで歩こうと引き返します。
このように、人の気持ちなんてあっという間に変化するのです。
でも、その「変化」というのは、
孤独だと起きにくくて、他者との関わりなどで起きやすくなるものなので、
やはり、社会との関わりは極力持って置くべきではないか?と思います。

結果…私の人生史上最大のオーバードーズは、
3日3晩眠り続けた。(でも、トイレは行った)
という結果に終わりました。
この経験から私は「薬を沢山飲んでも死ねないんだな」ということを経験として学びました。


いつだって「死」というのは
一部の人間には甘美なものに思えるのだ…

それを文学や芸術に昇華する者もいるし、
そこに囚われて飲み込まれる者もいる。

だが、ここでもう一度立ち止まり考えてみて欲しい。


我々が「生まれてきた理由」を
私達は「人生の意味」を知るために
生まれてきたのではないだろうか?
ということを…