帰って来てから更新が遅くなりごめんなさい
南三陸では、言葉では表すことのできない程
濃い時間を過ごしてきました。
瓦礫の撤去は少しずつされているものの
現地の状況はまだまだ変わっておらず
都心とのギャップにショックを受けたのが
正直な感想でした。
恐ろしいことに人の記憶はこんなにも早いスピードで
薄れていくんだなぁと・・・。
今も被災地で戦いながらも
それでも感謝の気持ちを忘れず
笑顔で迎えて下さったのが
被災者の皆様。
来てくれるだけでも嬉しい。
お手伝いをしてくれてありがとう。
義援金をもらって申し訳ない。
何も恩返しが出来ていない。
今はただただありがとうとしか言えない。
「本当にありがとうございます・・・。」
そんな言葉を何度も聞きました。
それと同時に
今まで代々受け継がれてきたものを必死で守り続けてきたけど
あの日一日で全てゼロになってしまった・・
人も家もなにもかも
失った・・・。
何のために頑張ってきたのか・・
何のために生きてきたのか・・
あれから一年
この一年一体何をして過ごしてきたんだろうか・・。
こんな言葉も沢山耳にしました。
心の復興もできていないのが現実。
それでも
皆、前を向いて必死で生きている。
失ったものは大きいけれど
それ以上の「心の絆」が得れたよ。
町の人たちとコミュニケーションがとれていなくて
地震がなかったら一生この町や田舎は変わらなかっただろな・・・
今は見知らぬ人もみんな仲間。
心をひとつに
仲間で協力しあえて嬉しいよ。
これを気付かせてくれた事は
今後の我々にとってとても大きく
大切な事なんだよって
心強く話してくれました。
私が一番心に残っている、とある少年の言葉。
「津波が押し寄せてきて
見守る事しか出来ない状況で
僕はここから流れる町、流れる人々の姿を見ながら
叫び続けたよ・・・。
波が全てをさらっていったよ・・・。
海の恐怖、感じたよ・・・。
でも
不思議だよね。
あんなにも恐れた海なのに・・・
見たくもないはずなのに・・・
今こうやって海を眺めると
やっぱり落ち着くんだ・・・。
生まれ育った町だから。
産まれたときからずっと海と共に暮らしてきたから。
ここは僕の故郷だから・・・。」
今私たちに出来る事。
まだまだ沢山ある。
それぞれが出来る役割を
しっかりと果たしていきましょう
忘れては行けない3.11。
南三陸で出会ったみんな。
「つながり」メンバーのみんな。
本当に本当にありがとう。
また帰ります。
絶対に。
金ヶ江悦子