こんばんは✨アミュレットストーンジュエリー『KANAEL 』の佳奈です🎵
先日綴った今までの
行動パターンの逆をやる!
ですが
ふと私が真っ先に思い浮かんだものが
『拒否をする』でした
昔から振り返ると私は
冷たく、愛情に乏しい人間であると
自らをジャッジしていましたが
在り方としては常に『受け入れる』でした
特に人間関係に関しては
来るもの拒まず去るもの追わず
のスタンスでずっと来ていたように思います
そんなに親しくない人にも
『ガードがない』
『ノーガード戦法?』
『手の内見せすぎ』
など言われてしまうほど
そして受け入れて傷ついて
それでも相手が態度を緩めると
すぐに許してしまうという…
いえ、正確には許してはいないのですが、
今度は大丈夫なのではないか?
と期待をしていました
元々好奇心がとても強くて
未開のものに惹かれるし
善悪や快不快よりこれをしたら
どうなるんだろう?
という好奇心が勝っていました
それによって自分が多分に傷ついても
経験の内と馬鹿みたいに繰り返して
結局どれも同じような結果に終わったり
自己肯定が低い事もあって自分自身を
諦めていました
私にとっての『受け入れる』とは
ただそこに存在する
という優しさではなく
自分を自らジャッジするためのもの
だったように感じます
好奇心のワクワクもあるので
全部が全部ではなかったけれど
自己肯定感が低い私には自分を
明け渡す行為でしかなかった
それともうひとつ
『私をあげるからあなたを頂戴』
書いててもちょっと辛いですね…
しかもこれを男女関係ではなく
ほぼ全ての人間関係に適用していました
なのに傷つくことも怖いから
全部は見せない
愛は渡さない
全部は愛さない
いたたたた…(^_^;)
最終的に
悲劇のヒロインぶって
良い子のふりで同情をひいて
『もっと頂戴!』を振りかざしていた
はぁ~苦しい
そりゃ苦しくなるわ、
私自身も私と関わる人も
で、それを誤魔化そうと
『たった一人唯一無二の私』に
なれないのを誤魔化そうと
皆によい顔をして表面上受け入れて
広く浅い付き合いを繰り返すという…(^_^;)
で、そんな自分のイメージ通り生きようと
無意識にまた自分を殺して相手を受け入れる
(形だけね、で自分には愛が無いと哀しむ)
関わる人誰の為にもならないこの迷惑行為
それを終わらせる為に
ここ1~2年は奮闘していたような気がします
で、そんなにも他者を求める私と
限りなく自由を求める私の矛盾の間を
揺れ動いていました
これがぶれてるって状態ですね
自由や他人を求める事に一生懸命で
夢中で自分が造り出してるなんて
気づきもしなかった
『無い!無い!』と必死になって
あるものからは目をそらして
受け入れてるつもりで、恐れから拒否をして
自分を出し惜しみしていた
自分を渡して他人の価値観で生きる
(流される)そうすれば愛されるとも思っていた
そんな枠の中で自由を追っていたんだから
自分自身に対するジレンマや
劣等感でいっぱいだった
他者によって与えられた価値観
他者によって求められる価値観ではなく
自らの真実を見つけ出す
自分の真実を探す為にも
本当に不快な事、人、空間は『拒否をする』
これが今の私に必要な第一ステップな気
がします
これは『好き』を選択し続けるのと同じですね✨
ブレブレな土台の『受け入れる』
と安定した土台の『受け入れる』は
全く別のもの
とりとめない文章だけど
先ずはピンときたここから始めます🎵
拒否しまくりで好きなことしかしないお猫様💖でもそれが可愛いんだよね✨
