就職してから半年が過ぎた。

あたしの淡々とした仕事ぶりは評価されていた。そりゃあそうだ。淡々としつつも、一歩踏み出して仕事する。

「あと一声」を出す。

人には親切に、しかし締めるところはしっかりと。

ノンスキルノンキャリアで給料上げようと思ったら、それなりのことするしかないのだ。


仕事は増え、夫婦間も低温にうまく行っていた。忙しくて家事はあまりできなかったが、あたしは料理が好きだったのでそちらばかり注力した。ま、それでも結果「良い嫁」にカウントされていたみたいである。悪い嫁ではなかったはずだ。

とにかく楽しくて、1週間、2週間、ものすごい速さで過ぎ去っていった。


ある金曜日、飲み会があった。

飲み会はもう毎週のことだったので、それがいつのかはちょっと覚えていない。けれど、その時はあたしが幹事になり、人数を集めるためにメールをしまくり、自分のケータイとケータイのメールを露出しまくっていた。みなさーん!あたしが幹事ですから!それにはいやらしい下心が満載で、「できれば偉い人」にあたしのケータイを知ってもらおうとばらまきまくっていたのだ。


そして、今回の飲み会リストに、「彼」の名前があった。

あ、と思った。半年、ずっと話していない。部署的には同じことをしているのだが、会社のフロアが違った。

「彼」は、同期ということもあり、飲む機会はたくさんあったはずである。だが、会があってもいつもいなかった。酒が嫌いなんだろうか。

その段階で、少しだけ心臓がヘンに動いた。「彼」は、実はあたしの好みど真ん中だったから。

古臭いハンサム。決して、「イケメン」ではない。

話したことはない。どころか、半径5メートルで見たこともないくせに、あたしは心臓を動かしている。

もちろん、夫に感じることはもはや無い感情だ。

ごっそさん、と思った。


メールを送っても、「彼」から返信はなかった。

少し残念だったが、忙しかったので、すぐに忘れてしまった。



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この頃のあたしの行動理念は、「石橋を叩いて渡る」だった。


20代前半までの無鉄砲ぶりから憑きものが落ちたかのように、あたしは堅実さを求めた。飲み会もエスニックはやめて和食にしたり、服も派手なのはよして無地一辺倒になったりした。大げさでなく、本当にあたしは何か、確実なものを求めていたんだと思う。


それまでふらふらとバイトしたり、ハケンしたりしていたのをきっぱり捨てて、年収が相当落ちるけど退職金の出る仕事に就いた。保険に興味を持って、ひと月2万も保険を払った。


結婚をした。


堅実なことこそ、私に残された道。


きちんと考えたことはなかったけど、たぶんそんな風だったと思う。


新しい仕事でも、人間関係にわずらわされたくない。結婚のメリットの一つとしてそんなことを思っていた。

目論見通り、酔って私の隣に座った男にはわざと薬指を見せた。いい人ならそのまま話が弾んだし、馬鹿男はすっと席を立った。愉快だった。


あたしは、もう面倒くさいことはごめんだった。このまま仕事して…仕事して…お金貯めて、リタイアしよう。沖縄がいいか、九州がいいか。子供も欲しい。そして、安心できる夫と、ずっとなにも考えずに暮らしたい。


あたしは、自分が人生のめんどくささのあまり枯れたと思っていたのだ。

それが見当違いだったのか、

それとも無理やり復活させられたのか、

それはどちらかはわからない。




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夫もまた、親が商売で失敗していた。

小さい頃は山手線の円の中、しかも下の方で暮らしていたという。とんだリッチ野郎だぜ


だから、なんであたしみたいな貧乏でデブな女に着目したかはわからないのだが、その当時ちょうど痩せてきたあたしは、夫の格好の餌食となったのだ。


ベッドの上で、ぎりぎりまで断った。しかし、だめだった。

あたしもイキモノである。夫ばかりを悪く言うわけにもいかない。

断れないタチなのは昔からなのだ。


それに、夫と話していると、「幸せになりたい!」という意欲を強く感じた。

「俺、就職するよ」

今までだらだらしていたのは、なにもしたくなかったから。

でも、これからは違う。守りたいものができた。


あたしは、同じモノだと思った。

理由もわからず、偉くなりたいと思い、努力の仕方もわからないのでしなかった。

でも、なんとなく幸せになりたい。

夫からも、そんな欺瞞の気持ちが伝わってきた。なんとなく幸せになりたい、なんとなく。それは、浅はかだけど必死な思い。うわごとのように繰り返す子供の夢。


あたしも全く同じだった。なんとなく幸せになりたかった。

バカな二人だけど、気持は同じ方向に向いていた。同じモノの二人なら、ダメなとこを教え合って直し合って、幸せになれる気がした。


二人はずるずるした互いの恋愛関係を一掃し、一緒に住み始めた。そして、結婚まで至るのだ。

幸せな関係だったと思う。



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