ハロー、カナエです(≧∇≦)


ふっふっふ!
MESのニューエキシビションの情報が封切りとなりました。MAYDAY!
多くの方に来てもらいたいですな〜!
ひとまず作品が公に出るまでは、なるたけ触れず!




AC部のCMの話題も過ぎ去り、
普段TVを観ない私が、ぺこ&りゅうちぇるにトマンくんという同種のお友達の存在を知った今日この頃。


参議院選挙、当日だ〜ちょっと政治のこと言いたくなる。
てか選挙とか当たり前だから、騒いでる感じが不思議。


騒ぎには敏感であれ。
騒いでる時点で飽きてるから、
群がる気はない。

ってとこ。



朝から各党街頭演説のYoutubeをラジオ代わりに、テストのお勉強をする。
暗記のため、喋ったりノートに書きつけるというオールド・スタイルな勉強法。
小学校から変わらない。
効率悪い。

腕にUSBポートでも付けて、必要な辞書を差し込み、神経を通じて脳にインポートする。

そんな時代が来い!

そしたら、勉強の手間が省けて、みーんな同じ前提を獲得できるから、有能になるわコミュニケーションは潤うわ、どんな仕事でもまず出来ないことはなくなるし、新しい哲学も生まれそうだ。
んー、その前提の辞書の内容が難しそうだが!
思想統制できちゃいそう。

あ、でもティモシーリアリーの夢は叶うね。


ひとつ、
歴史を扱う人間の輪にいる者として申し上げると、何しろ先行研究多すぎ!
後世になるほど、
通過するべき事物が増えて、
それを追うだけで生涯終わってまう。
そりゃ現代のコトに取りかかる余裕のある人がまずいないわけだ。後回し、後回し。

全部フォローできないんだから、どっかで制限をする、諦める。
これが上手な人は、頭がいいのだろう。
そういう人の書物は分かりやすいし、リスペクト。んー、でも私は諦めが悪いので、何とか出来ないものかと思っちゃう。




一瞬で!世界を!見渡したい!




大体、人類が保存と維持に力を注いで成功した例があるのか。
多分、宗教とか第一次産業的遺産とか、そういう人間の生存や信条に関わる根幹しか、残すのは難しいんじゃなかろうか。ぼかぁ観念論者じゃないよ、
でもたいていの目に見えるものをそのままの形で残すのは難しいって気がしてるんだ。

アートをやってるのに、そんな事いっていいんか!と思うでしょ、一瞬。

だけどインスタレーションとか、慌ただしく終わっていく展示の数々を見ていて、そう思わない人はいないんじゃないかな。アーカイブや3Dに重きを置きたくなる理由もわかるってもんよ。


でもやっぱり私は諦めが悪いから、その難しさに対して「なにくそ」が出て、あるいは残らないとわかっていて挑戦心OR刹那を持ってヤるのが正解なんじゃー、って思っている。保存修復に携わる友人たちも応援している。




そうそう、選挙の話に戻るけど、選挙も新しくなればいいのに。ネット投票も付け加えようよ。ひきこもりも入院患者も投票できるさ。


しかしまあ今日日仕方なく、私は現行のシステムに従い、
第六小学校まで、暑い日差しを背にママと一緒に歩いた。




小さい頃、総理大臣になりたかった。
だから、TVに政治家が出てくるたび、一丁前に文句つけてたらしい。

ただその関心は、脚光を浴びることと、大きな事を動かしている格好良さへの嫉妬だったろうし、なんの具体的な行動も、才能も持ち合わせてはいなかった。

東大に入るぞ!なんて思っていたくらいで。




いったんオヤ元を離れ、東京へ来て2年目、高校2年生。
そのころ、アクティビストやフェミニストの存在を知り、すっかり心酔した。

こんな黙りこくっているのはウチだけかも、オカシイ、世界を変えるのは1票なんだ、立場を明確にして議論するのが当たり前!と、オヤに食って掛かった。


私に選挙権は無かったし、ネットもあんまり見ておらず、日頃はダンスや目の前の遊びに明け暮れてたのだから、TVや新聞から政情を聞きつけ、政治モードになるとオヤに言うほか無かった。
その度、オヤは、私のどこにも向けられない、ありあまる憤慨を電話越しに聞いてくれた。




20歳。私に選挙権が発生してからは、たいていオヤコ揃って選挙へ行った。
家族イベントって感じ。

一緒に行くが、そのあと飯を食うときも開票をみるときも、ダレがどこへ投票したかという話は一切しない。

むしろ日頃から、TVで演説がレポートされていても個人的な政治の向きについては全く話題に上げない。会話の節々から想像するに、同じ向きではなさそうだ。





今思うと、その一切に触れない事や、有り体な相槌を打ってくれる事が、平凡な、ほんにフツーな、日本のウチの最大限の平和の保ち方だったかなと思う。
プライバシーを侵害しない、っていうか。

何かを肯定すれば、何かの芽を潰してしまう。
肯定しなければ何も起こらなくて済む。
事なかれ主義め、と揶揄し自省する必要もない。家は、護り維持するもので、そもそも先へ進める必要がないのだ。

娘が家から旅立ち、それでもまだ居る家族と時たま帰ってくる娘と、オヤ自身のために、家を維持する。これがオヤの生活で、ごくごく小さな保守政治だ。


そんな見事な保守統治の場にかえってみると、私はとても冷静になることに気がついた。


日頃、私はサカリのついた猫以上に、感情を昂ぶらせて躍ってしまう!

だが家族をみて話すと、なんというか、アレ、私、外国に住んでたっけ、って思うくらい会話の層が違う。
自分のやっている事、やってきた事が、疑われる。前提、は長いから省略しよう、家族に伝えるためにはどう言おうか。 
現在進行形のアートに対して望郷すら抱き、
私にとってのフツー、がうっすらと遠く感じられるのだ。

田舎の平凡な家庭に育った人なら、わかると思う。



今回、フェスとか野党統一盛り上がってたから、情勢変わるか、と見つつも現実は見ての通りだった。

私はいまの与党が勝ってきた理由が月並みにわかる。

与党が与党である時間が長く、前提なく自由に演説できる。対話の前提の共有が要らないのだから、話は早いし、何より安心感を持つのだろう。

街頭演説を聞いていると、
大体の野党側は、現在主軸となる安倍政権に対する分析に基づいた主張と、野党が一丸となっているという喧伝、歓びに終始している。

ほんで
反発する必要がない与党は、自分の過去の経験談やらたとえ話を中心に、政策の話をしている。
人のプライベートや過去の話は、実際にその人達が実行している小難しく専門的なことよりも、印象に残るのだ。

(アートでも作品とプレゼン・トークは別物として、という通説はこの点のコトよね)


まあ、野党は反発するほかないけど、その反発のレイヤーもまた違うはずで、それを押し殺し妥協しつつ寄り合っているから、なかなか足取り軽くとはいかない。 
ふう。



というか私からすれば、安定して国を動かすためには、全員国民代表なんだから、党とかの対立とかアホらしい。
もう全員一体になって、役割分担を作ってけばいい気がする。在野の理想論とわかりつつ。

そうでなくても、党、党、会って全体じゃなくて、もっと個人に焦点を当てて仕事を分けちゃえば、討たれる杭を一箇所にせずに済むから、最終的に沈まずに済む。


アートでも、
続けた奴が勝つ、なんてのは専ら言われるけど、政治も即席即席じゃ、疲れちゃってそりゃ長いパフォーマンスできない。


そんな感じで一国の事態を一緒くた一瞬にできないし難いのだから、さらには選挙システムを変えればいい。


今日、一番ヘンだな〜って思ったのは、投票用紙にひとつしか名前が書けないのがなんでだろう???ってこと。


一択に絞らなきゃいけない、ってのが古いんじゃないかしらね。本当に一途に応援したい人ができたら、そりゃ一択にするけど。


家族形成の話もやっぱり政治と似ていて、ポリガミーやポリアモリーが増えてきて、雑誌で取り上げられたりしてるけど、そもそも人間はモノガミーとポリガミーを行き来する者なんだと思うよ。これが浸透すれば、大半のワイドショーはネタを変えなきゃいけないね。


そもそも性も家族も形なんて後からの分析でしかなくて、行き来するというかそんな概念で括れない。

私はその時の感覚と目標に合わせて、ポリ・モノの間を行き来してきたから、本当にそうだと胸を張っていいたい。
でも、今の時代の枠組みと正しさは、本当に苦しいよ。その正しさの思い込みで私は随分生きにくい思いをした、内からのクサイ声にフタをしまくってきたし、私の相関図にいた人達にかなりの迷惑をかけた。
が、今は、そうはならなくていいとしてくれる環境がある。好奇心が邪道に入らなくていい。ストレートにいける。


話は逸れて、いろんなこと、いろんな種類を受けいれていくってことでいうと、
ゲリラガールズは1985年から、ある団体や集団の人種や性別の偏りに対して、コトを起こしてきたけどさ、それは見事に広まりつつあって、運動や喧伝に限らず実際にコトが起こっているんだ。

去年はファッション誌VOGUEが黒人モデルのジョーダン・ダンを起用したり、(私は彼女が大大大好き!ホンモノのモデル!)
アカデミー賞が北野武とか白人男性以外の会員招集に力を入れているのに、

何で日本の政治にはこう、純ニッポン・オジサン然とした人ばっかりなんだろう??
女の人も、オトコの中で闘うオンナ然とした人ばかりだし、誰が在日とかじゃなくて、胸張って在日・在住外国人として参加する人おってもいいのにね。

所詮、年功序列、一国の主は純血か。
アートはそれだけじゃないから、まだいい。芸大はアウト。

なんていうか、最初はキャンペーンだろうが分かりやすくってもいいからさ、マトモな1歩を踏み出してほしい。与党だろうがなんだろうが、1コくらい、良いとこ見たい。


今回のMESの戯曲/”play”は、そうした状況を表してもいる。
「良いところは、すぐに思いつかないけど、悪いところは、幾らでも出てくる。」




てか一回世の中政治家ディス禁止。フリースタイル楽しいけどさ!!褒め合って褒めちぎって、そんで足りないもん補っていこうぜ。なんちて。


そんな私は「罵倒」しがちだから、自分にディス禁止ルールを課したりする。そしたら、得体しれなくて文句言ってただけだったとか、実は自分と考えが似てたとか、こんな素晴らしさがあったとか、見える。好きになる。その上で、もっかい/やっぱりディスる。


本当に良いものは、ディスとかしてても、ディスしてるからこそ、たまんなく最高なんだ、



アートは、シュトルムウントドランク(^ー^)ノ!!



(タイトル:Delta 5の信条、NO MORE HEROESより)