人間として生きることの意味
引越しの荷造りやら色んな手配やらで気が狂いそうな中、刻々と時間はいつも通り進んでいく。
人間的にやらなければならないことは自分が動かない限り進んでいかないわけで。
まだワタシは人間ってクソだなと思っている。
人間って肉体を纏っている以上、何らかのダメージは喰らってしまう。
手がもげても生えてこないし、健康管理を怠ると病気になるし、自分だけは間違ってないとか自分だけは悪くならないと思いたい気持ちや、相手が損しても自分は損したくない欲や、何かのたびに神頼みをするくせに神棚を祀るのはやる事が増えるからしたくないとか、本当にキリがないくらい自分も含めて人間ってつくづく身勝手で不利だと思う。
大切な人を救いたくても本人が希望してないなら勝手に手を出してはいけないので叶えられない。
家族なら尚更良くしてあげたい気持ちになるがこれもエゴとなる。
自分の人生の時間は自分のために使わなければ自分のやるべきことは叶っていかない。
寿命がいつまでかわからないんだから誰かを構い過ぎても依存し過ぎてもお互いのためにはならないわけで。
霊能者やヒーラーとて、ただの人間です。
家族間に問題もあれば先祖供養の行き届かなさ、精神的、肉体的な厄があるもの。
抗いながら生きてる。
それが「人間だもの」!
顕在意識と潜在意識の乖離も含めて、自分と向き合うことでどう一致させていくかを考えて方法を求めていく気持ちがなければ自分のやりたいことにはいつまで経っても手が届かなかったり限界がある。
スピリチュアルな世界なんて広い意味すぎて理解しづらいけれど、精神世界と言われれば魂レベルを磨いていくことで自分のキャパシティは質を変えながら広がっていく。
大切な人を救いたくても相手がピンボケしていては、いくら事情を説明しても話が入ってくれない。
人間としての限界を感じつつも、人間でしかやれないことは行動を起こすことが出来るということ。
それが肉体を持っている意味。
人間としての特権だから。
肉体を持って生きている間にやれることをやるために生きている。
ワタシは私の時間を有効的に使って人間臭く生きていくことを決めた。
それが自分を救出することでもあり、派生してどこかの誰かのためになることなら尚更良き。
自分を犠牲にしてまで救いたい気持ちがあればそれも自分のためにする。
自分がそうしたいなら後悔ないはず。
勝つとか負けるとかではない。
自分が過去世で過ちを犯したカルマ(ツケ)は自分で回収、解消していくしかない。
そしてホワイトサイドとして倍返し、もしくは10倍返しでこの身体が許す限り世の中に貢献していく。
人間は弱くも強くも儚くも遅かれ早かれいずれ死んでいくもの。
人間は肉体を使って前に進んでいけるもの。
この世はオセロゲーム。
白を増やしたいか黒に呑まれるか。
それともグレーゾーンで燻るか。
ワタシは実家を売却して母と弟と3人で今月新天地に向かうことにしました。
実家を自分が売却するなんて考えもしなかった。
不動産屋選びから売却方法やらで悩みましたが、新天地での土地のエネルギーの違いを楽しみにしている。
そして、旦那さんとはこれから夫婦ではいられなくなりますが彼の幸せを願いつつサポートできることはしていくつもりです。
彼には彼の家系の厄があり、先祖供養の行き届かなさがあるからこそ、その子孫達は勉強は出来ても内面的にも肉体的にも健康的な生き方が叶っていかない。
お互い出会った頃は今よりも周波数はうんと低かった。
それでも彼と出逢ったことでワタシも彼もそれなりの変化はあったけれど夫婦としての未来を見据えることが出来ない仕組みがありました。
ワタシは私で憑依体質で他者のエネルギーに呑まれやすい弱々しさが長年あって似たもの同士のエネルギーが融合して何も進ませないという人生からやっと脱却しようとしている。
そうでもしなければワタシのお役目は果たせない。
視えない世界でどの様な働き掛けがなされているのかよりも、ワタシに何が出来るのか、何を成し遂げたいかを抗いながらでも模索していく。
人間って面倒臭い生き物です😙
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