奏でる夢 -3ページ目

奏でる夢

すべては夢、あなた次第

間違った原因と結果のラインに乗らない
 そうでなければ、命を落とされた方、津波に流された方、そういう方々がそれこそ浮かばれません。すべての命を生かすように、すべての役を無駄にしないように心を向けることです。
 わたしたちがおろおろしている最中にも、それをわかっている魂が、ちゃんとわたしたちを見守ってくれています。わたしたちが立ち上がって、わたしたちが守るわけではありません。守られている本当の世界にわたしたちがひとりひとり参加するのです。
 参加した一員だけが見える世界というものがあります。参加者が多ければ多いほど、目撃し合って喜び合えるものも、どんどん実現していきます。目に見えて広がっていきます。それができるとわかっているのだから、やりましょう、と思いますね。
 しかも、地震があった、たいへんだった、被害がたいへんで、これから復旧がたいへんだ。つまり、もう終わったことだ、というわけではありません。今もまだ続いています。みんな、これからどうなるかわからないと思っています。今どうなるかわからないと思っているこの一連のことは、全部過去のことです。過去のイメージです。福島の原発事故。地震。放射能漏れ。不安。恐怖。食糧の汚染。近未来の大地震の心配。こういうものは全部、過去のことです。そのニュースを見て恐れおののいた、その一連のことも全部、過去です。すべてのことはもう終わっています。今、見ていることも含めて全部終わっていますから、それを引きずって、一昨日の地震がこうだから今こうで、というふうに、最初の間違った原因と結果のラインに自分を乗せないことが大事ですね。
 今、出発します。今が出発地点です。そこからつくっていくということです。そこから神の創造、クリエーションに参加していくということです。
 そういうときに、せめてワークだけは続けようというのは、これはいい心がけですね。でもそれだけでは足りません。せめてワークだけでも、ではなくて、ワークをやっているその日に、「わたしが見ている世界は意味のない世界です」とレッスンでいっているその日に、せっかくそこに意味のありそうなものがあるのだから、それに対して本当に、誠実に、正直に、まっすぐに向かうことですね。
 本当に自分はこれを意味のないものだと思っているのか。本当にこれは神の創造ではないといえるのか。いえないと思ったら、いえない自分というものを本当に直視して、それを認めていきます。認めたときに、「もうおまえは資格がない」とは、コースにはひとつも書いていません。認めたからこそ、助けてください、とホーリースピリットにお願いすることができます。
 大したことが起きていない日常、またはエゴの欲求が満たされて浮き足立っていたりすると、わたしたちはすぐ傲慢になって、「ホーリースピリット、ちょっといらない」と思います。次に何かドンッと起きると、あわてて、「ホーリースピリット!」とやるわけですけど、そうではなくて、いつもふだんからそうやっていればもちろんいいし、でもこういうときこそまたやればいいわけです。
 本当にそれができるでしょうか。徒歩で帰らなくてはならないというだけで、心はぐらぐら揺れるわけですから、それほどまだ自分の心はやわなのだなということを、やはり自覚することですね。でも、そういうときに、たとえば徒歩で帰りながらでも、携帯電話が1時間ごとに鳴るなりして、「ああ、そうだった。ホーリースピリット、そうだった」と、ちょっと思い出すと、心がまたちょっと変わります。
 それを繰り返していると、心が変わっているときの状態と、揺れているときの状態の差がもっとはっきりしてきます。はっきりしてくると、揺れている状態はもういやだな、と本当に思えます。そうすると、いやだいやだ、スピリットに戻ろうということも、時間をかけずにおこなえるようになってきますね。人生で問題と見えていたものが、すみやかに消えていく体験をしていくようになります。

 一段落すべて書き写してしまった。

 すごい。香咲弥須子さんは、こういった勢いのある解説に、演説のような強さがあるというか、これをアドリブでやっているところからして、神懸かってると言える。チャネリングしながら、インスピレーションどおりに、一気に言葉にしているからだろう。

 要点を抜粋したかったが、すべてに共感してしまい、抜粋できなかった。

 お経のようにかみ締めたいものだ。

 お経も本来そういうもので、読誦すれば神通力があるというのは、後付の幻想だろう。