またも一人の少年が残忍な形で命を奪われた



高校中退、自分の世界は一気に狭くなる

バイト先、自宅の部屋

時計を見れば

同学年のヤツらの生活が勝手に浮かぶ

「あいつら今頃学校か・・・」


意見は合わないけれど、孤独を埋めるために

仲間の中にいなくては不安になる

でも、

眠る前、鏡をみたとき、疲れた顔をした自分がいる

とはいえ、その群れから離れることはもっと辛い



違和感があっても自分の存在を確認するために

孤独を埋めるように

仲間という言葉で自分を慰める



人間、違って当たり前

合わないヤツは合わない

連絡を取らないようにする

友情、仲間、笑い合っていたヤツらが豹変する



「裏切り者」



友情を笑顔で語ったヤツらの結論が

これだ

何が友情だ



君よ、孤独に負けるな

ひとりを恐れるな

寂しさに負けて、つるむな



友達になりたいってヤツが近くにいないだけ

友人ってのは無理やり作るものじゃない



集団を見て楽しそうに見えるかもしれない

でも実際はその場にいないやつの悪口を

お互いに言い合ってるもんだ

悲しいかな、それが接着剤でもある



友情という物質を人類はまだ発見していない

仲間とは親友のことではない



本当に困ったとき、本当に堕落してしまっても

それでも変わらず付き合うのが本当の友人だ

ほとんどの場合、それで離れるが、本来なら逆



友情を語るヤツ、仲間、仲間と連呼するヤツ

仲間を殺しがち
気合 と 根性

もちろん大事なことである

しかし、それだけでスポーツはうまくならない

本人の努力や意識はもちろん必要

しかしそれでもうまくならない選手がいる

それを選手の問題にするのが

ダメ指導者だ

ちなみにダメ指導者は大半である

なぜならそういった教育を受けて

指導者になっている人は圧倒的に少ない

そういう学校はないから当然だ



そういった現実はあるが、

子どもを預けている親からすれば

不満であり迷惑である



本人の可能性を引き出してこそ指導者である

しかし、近所のおっさんレベルが怒鳴って

指導者顔してるのが現実



特に私が問題だと思うのは

日本独特の「用語」

「脇をしめろ」という有名な言葉がある

多分、これを本当に理解している子どもは

ほとんどいない

脇をしめる・・・こんなわかりにくい言葉は無い

脇をしめる、は、両肘を近づけること

これによって余計な握力が入らない

もうひとつ有名な意味不明な用語が

「腰をいれる」

これは普通に聞いてわかるのかと

腰をいれる、は、へそに重心を置くこと

「重いものはへそで持て」である



このような用語をわかって当然で言ってくる

わからない方が悪いんだと



さて運動音痴でお悩みの方

治すのは簡単です

運動音痴の方の共通の特徴があります

それは「力を入れすぎ」であること



野球で投球速度が上がらない

野球で打球が飛ばない

ゴルフで長距離がまっすぐ飛ばない

サッカーのシュートが浮く

ボウリングの球がまっすぐ転がらない

走るのが遅い

すべて、力の入れすぎであり、

その原因は「力こそ強さ」であるという

無意識です



無意識ですのでなかなか治りません

しかしそれも改善する方法があります

フォームに意識を集中していくことです

力を入れすぎるとフォームが崩れ、

フォームが崩れるから力任せになる

フォームを徹底的に極めていく



さあ、何かの宣伝かという内容になってきました

宣伝ではありません

ダメ指導者に将来のオリンピック選手を

つぶされたくない、という一心からの

つぶやきでした
私は週間少年ジャンプが大嫌いである

「友情」「正義」、うんざりする

特に・・・バッシング覚悟で言うと

「ワンピース」悪い方で鳥肌です

ストーリーや世界観好きですけど

でもメッセージには拒否反応

新興宗教といっていいでしょう



「友情」「正義」を証明した者は

歴史上存在しない

そして、それはない、とういうことを

歴史は証明している



いじめはなくならない

なぜか

「友情」があるからである

しかしこの「友情」というヤツは

愛情と並ぶ未発見物質です

神様やお化けなんかと同じです



しかし、少年少女の間でそれは

「存在」している

もちろん「誰か」の言う「友情」ではある



「肉鍋が煮立っているうちは友情は続く」

友情とは同じ目的を共有しているときだけ

存在していることは証明されている

ビーチで複数になっている若い男たち

彼らは友情で結ばれているのではない

「彼女ほしい」という同じ目的で繋がっている

どんなに嫌いでもスポーツで同じチームなら

互いに支えあう



あのSMAPももちろんそうである

どんな最強チームも

志を違えれば、空中分解する



友情の真価を問われるのは

仲間の「裏切り」「不祥事」だ



先日バラエティ番組で不祥事から10年ぶりに

登場したお笑い芸人の話

もっとも迷惑をし、大変な目に遭った相方が

最も心配し、復帰を手助けした

好きな仲間をかばい守ることは簡単だ

しかし社会から悪とされた友人を

まだ友人として迎えられるだろうか?

「友情」を叫び礼賛する人たちよ



あの「友情」のバイブル「ワンピース」にも

裏切った仲間を抱きしめ許すシーンは

あっただろうか

私が「ワンピース」を好きになるとすれば

今当然の如く戦う仲間が全員裏切って

絶対に許せないことをしても

主人公が葛藤した後、許す・・・

ということでもないと好きにはならない



友情、仲間と騒ぐヤツに限って

イジメをするという事実

仲間を裏切った相手を干す

単なる私刑であり、内ゲバである



友情、友情、言う割りに

不寛容な考えが比例する