「孫子」の中にこんな比喩がある
卵に石をぶつければ卵は割れる
石に卵をぶつけても卵が割れる
強い者は弱いものを打ちひしぎ、跳ね返す
これは攻撃は動、守りは静、であることを指す
ここで気付くのは攻撃と守備は
二つであって一つということ
別ではないということ
「サッカー名将・名選手に学ぶ48の法則」
著・小宮良之氏
の中にイタリア人のサッカー観が書かれていた
イタリアサッカーといえばカテナチオ
鍵を締めるという意味
決して守備的なサッカーのことではないそうだ
守っているが実は守っていない?
・・・詳しくは本を読んでください
よくサッカー解説者が言う「攻守の切り替え」
サッカーにその言葉が出てくると居心地が悪い
私が思うに日本人は攻撃と守備は別とするが
イタリア人はそういう意識や価値観ではないようだ
日本人はどうしても野球をものさしにスポーツを
見てしまっている感がある
例えば本田選手のブレ球フリーキックを
シュート回転、とか野球用語で実況解説したりする
野球の攻撃は表裏で交代する
サッカーもそれにあてはめてしまっているようだ
サッカーはボールを持っていても攻撃とは言えない
シュートを打たない、前にボールが運べない
こういう状況はどちらとも言えない
逆に、ボールを持った相手を狩りに行く様は
攻撃とも言える
「攻撃は最大の防御」という有名なことわざがある
因みにこれはラテンのことわざだそうだ
逆に「防御は最大の攻撃」とも言える
まさに孫子の石と卵の理論である
日本人の優秀なサッカー選手は出てきているが
優秀な監督はほとんどいない
なでしこジャパンの佐々木監督くらいだ
サッカーを知識や価値観を向上させていく
それなくしては異次元への向上はないかもしれない
卵に石をぶつければ卵は割れる
石に卵をぶつけても卵が割れる
強い者は弱いものを打ちひしぎ、跳ね返す
これは攻撃は動、守りは静、であることを指す
ここで気付くのは攻撃と守備は
二つであって一つということ
別ではないということ
「サッカー名将・名選手に学ぶ48の法則」
著・小宮良之氏
の中にイタリア人のサッカー観が書かれていた
イタリアサッカーといえばカテナチオ
鍵を締めるという意味
決して守備的なサッカーのことではないそうだ
守っているが実は守っていない?
・・・詳しくは本を読んでください
よくサッカー解説者が言う「攻守の切り替え」
サッカーにその言葉が出てくると居心地が悪い
私が思うに日本人は攻撃と守備は別とするが
イタリア人はそういう意識や価値観ではないようだ
日本人はどうしても野球をものさしにスポーツを
見てしまっている感がある
例えば本田選手のブレ球フリーキックを
シュート回転、とか野球用語で実況解説したりする
野球の攻撃は表裏で交代する
サッカーもそれにあてはめてしまっているようだ
サッカーはボールを持っていても攻撃とは言えない
シュートを打たない、前にボールが運べない
こういう状況はどちらとも言えない
逆に、ボールを持った相手を狩りに行く様は
攻撃とも言える
「攻撃は最大の防御」という有名なことわざがある
因みにこれはラテンのことわざだそうだ
逆に「防御は最大の攻撃」とも言える
まさに孫子の石と卵の理論である
日本人の優秀なサッカー選手は出てきているが
優秀な監督はほとんどいない
なでしこジャパンの佐々木監督くらいだ
サッカーを知識や価値観を向上させていく
それなくしては異次元への向上はないかもしれない