―私今、好きな人がいるの。
その言葉を聞いたとき、僕は世界が止まったような気がした。
2月始めのまだ冷たさの残る味のない風が、僕の頬を撫でていた。
小学校からずっと一緒の学校に通う幼馴染。
いつもは隣を歩く彼女が、今はなぜか、少しだけ前を歩いているんだ。
彼女がそれ以上言葉を発することはなかったんだけど、
何かを待っているような――いや、言葉を続ける必要はないというような空気だった。
だから僕は、なにもいうことはできなかったし、いつもは通学にかかる15分の道も、いつもより遅く着いた気がした。
そして、心なしか早足で学校に入っていく彼女の後ろ姿はなんだかいつもより遠い気がしたんだ。
朝のホームルームが始まっても、いつもは眠くなる歴史の授業を受けても、僕の頭の中はそれどころではなく、
他のことを考える余裕なんてこれっぽっちもなかった。
今日に限っていつもよりクラスのみんなは煩いし、話しかけてくる友人にもかまっている暇はなかったんだ。
朝の通学とは違い、学校の時間はあっという間に過ぎていった。
放課後はほとんど毎日一緒に帰る彼女も、今日はクラスに顔を見せない。
教室の窓を見る。
ずさんな掃除のされ方をされたそれは、少し古びていて、まるで永遠に形を保てるものは存在しないと物語っているようだった。
だれもいなくなった教室から重い腰を上げ、いまだ起きない頭のまま、昇降口へ向かう。
僕は部活には所属していないのであとは帰るだけ。
彼女はというと、部活には所属しているんだけど、学校で活動することが少ない部活だった。
だからこそ、一緒に帰る時間も多かったんだけどね。
下駄箱からいつも通り靴を取り出し、いつも通りの道で帰る。ただし、そこに君はいない。
帰り道の土手は、いつもより寒かった気がして、マフラーに顔を埋(うず)めた。
そんな帰り道の途中、聞き慣れた声が僕を呼んだ。
「おっそいな~。寒い中待ってたんだよ?」
いつも通り朝に聞く声で、いつも通りの笑顔で、彼女はそこにいた。
「はい!今日は誰からももらってないよね?私が初めてだよね?」
ちょっと上ずった声で包みを渡してくる彼女。
「なにぽけっとしてんのさ?今日はバレンタインデーだよ?クラスのみんなも言ってなかった?」
生憎と、そんな余裕は僕になかったものでね。今でさえ、頭を回すエネルギーさえもたりないよ。
「そして、ね、朝言ったこと覚えてるかな?あれ、君のことだから」
えへへとはにかむ彼女の笑顔は、小悪魔っぽくて、ちょっとだけ、大人っぽかった。
だから僕がそれに見惚れてしまったのも、少し泣いてしまったのも、仕方のないことだったんだよね。
2月始めのまだ冷たさの残る、少し甘い匂いのする風が、僕の鼻をくすぐった。