今日は、2024年7月9日です。
先日7日の東京都知事選挙の結果は、応援していた「うつみさとる」候補者が、都知事になれなくて本当に残念です...。
都民ではないけれど、地方にも影響してくるはずなので、一番なって欲しくない方が、またなるっていうのには、ガッカリさせられました。
一番嫌だったのは、コロナワクチンをまた強制的に打たせること。
安全だと思っていないものを、自分や大事な子どもに打たせるわけにはいかないのです!!
実は「うつみさとる」候補者の7月6日の最後の演説で涙が溢れました。
自分の家族の事を語っていたのですが、全く同じ言葉でなくてすみませんが、こんな事を話されていました。
思春期の娘さんから、「なぜ生きるのかわからない...」と言われて、うつみさんが、娘さんに、
「自分は妻と娘を守るために生きてきた。だから家族のために生きてほしい」と話したそうです。
そのお話を聞いて、涙が溢れました。
「うつみさとる」候補者の一番守りたかったのが家族で、そのために立ち上がったと思いました。
私も自分の大切な子どもから、たまに「死にたい」という言葉を聞いたりしました。
大事に大事に育てて守ってきた子どもからその言葉を聞いたときの、私のショックさと言ったら、言葉にならないです...。
私は、子どもを守るために、我慢して夫と生活していましたが、やはり我慢できなくなり、家庭内別居になってしまい、そこから別居、離婚と進んでいきました。
そのために、子どもに辛い思い、不安や心配をかけてきたのは分かっています...。
しかし、子どもが社会人になるまでは離婚せずに、自分は我慢を続けて子どもを守ってきたつもりでした...。
自分の若い頃の事を思い出してみると、やっぱり私も「死にたい」と思うことが多かったのですが、それだけ困難なことが多かったと私の人生を振り返って思ったのです。
そこで、私の人生を簡単に述べさせていただきますと、
私の一番最初の記憶はまだ抱っこされている幼少期にありますが、親戚の家で、親戚の誰かに抱っこされている記憶です。
抱っこされていた私は、ソファーかベッドみたいな場所に座らせられて、そこで犬の縫いぐるみのようなものを見つけました。
そして私は心の中で、(この犬と遊んだ方が子どもらしい...)と大人みたいに思って、その縫いぐるみと遊んだ記憶が、今でも残っているのでとても不思議だと思っています。
そして幼稚園に通う以前に、両親よりも好きで信頼していた、隣に住んでいたおばあちゃんが突然亡くなり、ショックで私の意識も突然無くなってしまったことがありました。
幼稚園の頃に、若い男性につかまり虐待を受け、それ以来男性不信になり、自分を守るためになるべく目立たないように生きてきました。
両親は夫婦喧嘩ばかり、私に話しかける余裕がなかったのか、会話も無いので、無口な子どもになってしまいました。
元々、いつも遊んでいたのが隣の家のおばあちゃんで、お寺に行ったり、何か作ったり、とても落ち着いた子どもだったので、そこに『目立たないように生きる』が加わって、無口で真面目で大人しい子どもが出来上がってしまったのです。
しかし、無口で真面目で大人しい子どもは、暗い人だと言われたり、仲間外れにされたり、いじめの標的にされることもあったのです。
若い頃は自己否定や「死にたい」と思ったことは、かなりありました。
私は何のために生きているのか?といつも悩んでいました。
私の人生は、悩みが多くて、自己肯定感が低く、失敗ばかり繰り返してきたのです...。
でも、子どもが生まれた時に、この子どもは私の様な人生にさせない、絶対幸せにしたいし、守りたいと思ったのです。
だから、安全でないワクチンを打たされることに、もの凄く反対なのです。
他にも安全でない食べ物、危険な添加物ばかり使う日本、昆虫食って嫌に決まってる!!(怒)
お金のためなら、子どもにまで訳のわからないものを打たせたり、食べさせることに、本当に腹が立つのです!!
前回もお話したアニメ「天官賜福」にこんな場面があったのです。
人間の少年の頃の「ホワチョン」が、「シエリェン」に言ったのです。
「もう生きられない。生きるのは一体何のためなのか?どんな意義がある?...」
それに「シエリェン」が答えました。
「生きる意味がわからなければ、私のために生きなさい。」
「生きる意義が無いのなら、この私を生きていく理由にすればいい。」
これは「うつみさとる」候補者が言った言葉とほとんど変わらないと思いました。
同じく、私も子どもに「お母さんのために、生きて欲しい...。」と言ったのです。