歳をとるにつれて、周囲は離婚したり、子供がほしくてもできなかったり、中には配偶者や子供を不慮の事故や急病でなくす人もでてくる。とりあえず家庭は円満でもリストラにあったり、仕事があっても惰性で毎日仕事しているような状態の人も少なくないであろうと思う。

そうなると職場でストレスためているのに、わざわざ気を使うような人間関係をプライベートに持ち込みたくなくなるのである。友達と集まって飲むなど、私が幸福ならねたまれて、不幸ならバカにされるだけだったりする。

私は高給取りではないけれど、幸い経済的には恵まれていて、そこそこいい車を乗っていたりする。それだけで批判の的になることやねたまれたりすることもあり、自分と同じくらいの生活をしている人とだけ付き合いたいと思ったりするのだけど、私の年代では子供がいるとか介護の問題とか色々あってベタベタした付き合いはまず無理だろうと思う。ラインなんかで、イチイチメッセージが既読になったとかなど他人にわかられるようなのも、うざったいと思うのは私の性格的な問題なのか、現代社会では非常識の部類に入るのだろうか?

私の周りには子供がほしくてもできなかった人が結構いる。中々割り切れずに、子供のいる人に信じられないような意地悪をする人もいたし、すごい悪口をいう人もいた。でも妊娠して子供ができたって、それで人生は終わらないのである。すぐ他人をねたむ人は、きっと子供ができても常に周囲と比較して結局他人を一生ねたみ続けるのではないだろうか。

私はどっちかというと金の亡者なので、貧乏な状態で子供など絶対にほしくないと思う。シングルマザー&低収入で必死に子供を育てている人を尊敬はするが、このまま老後孤独になっても別にシングルマザーだった人をうらやましいとは絶対に思わないであろう自信がある。私にとって経済力がない状態では子供は決して生きがいになることはないという妙な自信があるのだ。

仮に大金持ちでメイドに子育てをお願いできたとしても、別に子供がほしいかというと、そうでもないのである。だから子供いる人のことは何とも思わないし、向こうさえ私の事が嫌いじゃないのならお友達になるのは全く構わない。

子供の頃から、動物はそこそこ好きだった。なぜかというと動物は正直だから。人間ほど面倒くさくないのである。動物にかかわる仕事をしたいと思うほど好きではなかったけれど、飼ったからには、責任もって世話をしていたとは思う。今もペットがいるが、できるだけのことはしている。

私は結局人間がそんなに好きなのではないのだろう。年中、人と集まって楽しくやっている人が少々うらやましくもあるし、そういうことを積極的に子供の頃からしてこなかったことのツケなのかもしれない。おかげでリーダーシップの素質は全くないし、管理職の素質もゼロだろう。こんな人間だから、子供がいたら子供に悪いとさえ思う。子供の学校の親同士の付き合いとか面倒くさいのだ。これ以上余計な人間付き合いを増やしたくない。

人間として相当落ちこぼれである自覚はかなりある。でもなぜか学歴だけは人並み以上なので、結局勉強以外はだめってことなのだろう。ここまで駄目人間な私は結局ロクな人生を歩まないだろうし、結局孤独は避けられないはずだ。でも面倒くさい人間関係でストレスためるよりは、一人のほうが気が楽だと思ってしまう。

幸せではないけれど、不幸ではない。現状を受け入れて、その中で何とか適当に生き延びてたら、そう悪い人生ではないって結論付けていいのではないかと思う。多分、このような考え方は少数派で、きっと周りと比べて常に自分が平均以上ではないと幸せだと思えない人のほうが多いのかもしれないが・・・。だから私は人間が嫌いなのかもしれない。