一人旅に出発して帰宅して もうじき1週間...( ̄▽ ̄;
いい思い出イッパイヾ(@⌒▽⌒@)ノの2泊3日だった

ここからの記事は『坂の上の雲』を読んだり観たりしてないと解らんかもやけど^^;
良かったらお付き合い下さい(*・ω・)*_ _)
嫌やったら飛ばしても・・・・[* ̄□ ̄⊂]ドッチ…[* ̄□ ̄]⊃ヤネン!(笑)
『坂の上の雲』は俳人・正岡子規(幼名:昇・愛称:のぼさん)と
日露戦争で活躍した秋山好古・真之兄弟の物語
詳しくは
スペシャルドラマ坂の上の雲
で・・・午後からのコース巡りに

平日だから

平日の午後だから

お客は花菜だけ...Σ( ̄口 ̄;;
完全貸切で・・・申し訳ない思いで・・・・とにかく出発

子規さんの生家

当時は珍しかった子規さんの勉強部屋

子規さんは幼い頃お父さんが亡くなり家督を相続してたのと子規さんの外祖父が藩の儒者だったのも
影響してか中学の時に勉強部屋を与えられてたらしい。
ドラマじゃ忘れたケド本には子規さんの勉強部屋をうらやむ真之(秋山)の場面が登場する。
秋山兄弟の生家子規さんの家は藩の上士だったらしく敷地180坪を与えられてたそうだ。
秋山兄弟の家は藩の下士だったので敷地も狭く生活も困窮してたらしい。
だから兄・秋山好古さんは大阪師範学校卒業したけど家計を助ける為に陸軍に入隊した。
好古さんの書

弟・真之さんは子規さんの影響で文学の道に憧憬するも・・・やっぱり家計の為に海軍に入隊。
兄・好古さんは178㎝ぐらいあったらしいけど弟・真之さんは154~157cmと小柄だったから
兄とは違う海軍を選んだらしい(当時の軍艦は今以上に狭かったらしい)
弟・真之さんの書

兄・好古さんは日本初の騎兵隊を統率し『日本騎兵隊の父』と言われ
当時 実力世界一と言われたコサック騎兵隊を翻弄
日露戦争の勝利に貢献した。
晩年は故郷・松山の私学学校の校長をしながら教育に携わった。
好古さんの銅像

弟・真之さんは『日本海軍史上きっての参謀』と言われ日露戦争の連合艦隊司令長官東郷平八郎の
参謀を務め日本海海戦での『本日天気晴朗ナレドモ波高シ』ナド数々の名文を起草した。
真之さんの銅像
好古さんと真之さんの銅像は生家の庭に飾られてて お互いが見詰め合うように建てられてて
少し離れて見たら『兄弟愛』のような慈愛に満ちた感じに思える素敵な銅像だった。
まだまだ・・・書きたいし案内してもらったんだけど・・・・書き尽くせないので・・・・
案内して下さった兵頭さんお勧めの場所からの1枚を・・・・
小高い丘から瀬戸内海を眺めたら雲が流れて・・・・明治を翔けた人々が見守ってくれてる気がした。
凛として生きる事・・・自分らしく生きる事・・・日本人としての原点など考えらされた半日だった。
最後に半日 貸切で案内して下さった『愛媛近鉄タクシー』の『兵頭さん』と観光タクシーを
洒脱あふれる会話で楽しませてくれた兵頭さん

もうじき還暦とは思えないほど若々しくて男前だった

松山に行く際は『坂の上の雲』に関心があったら『坂の上の雲コース』お勧めです

他にも お遍路コースもあったので次回はお遍路もええなぁ
って思う花菜です(笑)








