地元では瞬時に意味がわかる看板だが、普通にはちょっとわからない。

 どちらかというと女性の方が多く使う言葉だと思う。同じことを男が言うと

「あんねど」「あんねっが」という感じになる。


 「あんなかよ」という語感には包み込むようなやさしさがある。「あんねど」

「あんねっが」の順で語感がきつくなる。そして、切迫感が違ってくる。


 「あんなかよ」とは”あぶないよ”という意味で、あぶないから気をつけなさい

ねという感じになる。ほのぼのとしたイラストとこの言葉が持つ雰囲気が

実にマッチしていて頬がゆるむ。


 わたしは毛深い部類に入る。

 胸毛、乳毛、へそ毛、あそこの毛、足毛と体の表面積の多くが毛に

占められている。時々、自分はクマでないかと思うことがある。


 なぜか腕だけが毛が少ない。正確にはうぶ毛が生えているのだが、

腕だけはすっきりしていて気持ちがいい。


 冬はあったかいでしょと妻に言われる。いや、夏は暑くてうっとしい

とわたしは答える。年中毛皮のコートを着ているようなものだ。毛皮

だぞと妻に自慢している。


 毛深い男性は女性に嫌われるのだろうか。昔付き合っていた女性

は毛を嫌っていた。胸毛を見せたときは露骨に嫌な顔をされた。嫌わ

れないように毛を抜いたりしたこともある。


 それは一時しのぎであってすぐに黒々とした毛が生えてくるから、

毛が抜く行為がアホらしくなってきた。基本的に体質だからどうしよう

もない。


 何も恥ずかしいことではなくひとつの個性だと思うようにした。毛深い

ことがなんだと彼女の前でも毅然とした態度をとった。


 やがて生理的に受付られないという彼女は去っていった。少量のボディ

シャンプーでもあわ立ちのよさに感謝しながらわたしは今日も体を洗って

いる。毛深さにもいいところがある。

 


10年くらい前の話。

 当時現役ランナーだったわたしは、ある駅伝に出場するために福岡の

老舗旅館に泊まっていた。


 フロントに近いトイレに入り、大をしようと和式トイレにしゃがんだ。前方

に目をやると横長のサイフが置いてあった。肝心な用を終えてすっきり

したのか、サイフのことはすっかり忘れたのだろう。


 悪いと思いながら中を見た。免許証があり、メガネの40代の男性が

載っていた。他に数種類のカードがあった。ずいぶんとふくらみがある

と思っていたが、万札が20枚近くおさまっていた。


 こんな大金のサイフに遭遇したのは初めてで動揺した。フロントに届

けることがまず頭に浮かんだ。でもすぐによこしまな考えが心に割り

こんできた。


 札を2、3枚抜いてもわからないのではないか。ちょっとは遊べる金額

だ。中州のあたりうろつく自分を想像した。


 でも待てよ、これは窃盗ではないのかと良心の自分が言った。

誰も見てないし、わからないから大丈夫と悪心の自分が答える。天使

と悪魔がお互いに問答を続けた。


 わたしは、サイフを握ってフロントに出向いた。トイレで拾ったことだけ

を告げて名前を言わなかった。


 サイフの中身には何も手をつけなかった。


 
藤原 正彦
祖国とは国語

平成18年1月発行。

大ベストセラー「国家の品格」の筆者。実はまだ読みきっていないのだが、

「いじわるにも程がある」の章(エッセー)があまりに面白いので、紹介したい。


前半がまじめな教育論なだけにそのギャップが大きい。笑いを求めて買った

わけではないのに、笑える奇妙な本だ。これで、400円だからあまりに安い。

筆者も出版社も気前がいい。


エッセーの中からひとつを下記に勝手に一部引用したい。宣伝なので

筆者も出版社も文句を言わないだろう。



『右目の落涙』

 私には、数学の問題を考える時に鼻毛を抜くという癖がある。考え始めて2、

週間はアイデアが続々とわいてきて、鼻毛を抜くヒマなどないが、1ヶ月近く

ってもらちがあかなかったりすると、抜き始める。


 だから難問に取り掛かると、鼻孔付近の毛はなくなる。鼻毛の量は私にとっ

て、どれほど精力的に数学研究を行っているかのバロメーターである。


 鼻毛を抜く理由はよくわからない。脳に適当な刺激を与えようと無意識に思

うのかもしれないし、欲求不満のハケ口かもしれない。理由がわからないどこ

ろか、普通は集中していて抜いたことにさえ気づかない。


 抜いた毛をどこへ捨てているかも知らない。息子は幼稚園の頃、鼻をほじく

っては食べるという悪い癖があったが、私は無類の綺麗好きだから食べては

いないと思う。



 下品だと侮ることなかれ。

 筆者の藤原正彦氏は数学教授である。まじめな文体に流れるこのユーモ

ア精神!藤原氏はとても人間くさい。


 小1の娘が家の中でコウモリを発見したと妻に告げにきた。

家の中でコウモリとはおだやかでないと妻はあわてて、どこどこ

と娘の後ろに従った。


 娘は子供部屋に妻を導いて部屋の隅を指した。指さした方向

に目をやるもののコウモリはいない。


 そこにいるよ。


 どこどこ、妻はキョロキョロした。ひょとしてこれ?1匹のコオロギ

が隅でじっとしていた。


 娘はコオロギのことをコウモリと思っていたらしい。同じ四文字

ではあるが、・・・。

 

  


 
白石 一文
一瞬の光

 2000年12月発行。

 主人公・橋田浩介は38歳で大企業の人事課長に抜擢される。社長の

快刀とも言われいわゆるできるエリートだ。社内に確たる地位を築いて

いる彼の前に現れた一人の女子大生・香折。


 香折には家族から虐待を受けてきた暗い過去があった。偶然の出会い

から橋田は、香折が気になってしょうがない。親のような兄妹のような

微妙な関係が始まる。


 その一方で、社長の姪にあたる留衣との関係が深まっていく。誰もが

振り返るような美女でやさしさを持ち合わせる留衣に不満があるわけで

はないのだが、香折のことが気にかかる。


 やがて社内の反対派閥に逆転の弱みを握られて、橋田は窮地に陥る。

社長の裏切りに失望し、初めての挫折を味わう。そんな橋田を留衣は

献身的に支える。


 香折は恋人を見つけ何かと頼ってきた橋田との別れを告げる。しかし、

香折が襲われて意識不明の重態になったことを橋田は知ると、・・・・。

複雑な人間関係を描くせつないラブストーリー。



 読み終わってちょって腹が立ってしまった。橋田はずいぶん勝手なの

だ。何かと尽くしてきた留衣は結局振られてしまう。最後は自分の気持ち

に正直に生きるみたいなことを言って。


 ちょっとキザなところが鼻につく。美女の気持ちをさんざん振り回して

じゃあサヨナラはないだろう。はじめから正直に生きろって言いたい。


 この小説は虐待がひとつのテーマになっていて、驚くような場面がいく

つも出てくる。それは決してオーバーな表現ではなく、実際にありそうな

のだ。


 体の傷は治っても心の傷は修復に時間がかかる。橋田はそのへんを

よく理解していて、香折とうまく関係を保ってきた。肉体的な繋がりはなく

プラトニックラブだが、そのへんがわかるようでわからない。


 精神的な繋がりで納得して、お互いが一線を越えないようにする。その

ところがもどかしく、せつなかった。

 


沢木 耕太郎
無名

 2003年9月発行。

 著者・沢木の父が脳内出血で入院する。本書は、父の最期にいたる

までの経過と父に対する思いを書いたものである。


 誰にでも訪れる親の死。まだまだ先のことだと思っていても突然その

時がやってくることもある。沢木の場合は父親にたくさん聞いておきたい

ことがあった。


 脳内出血は落ち着いたものの高齢による体の衰えは止まらない。意識

も混濁するようになって、沢木も思うように話ができない。それでも意識が

はっきりした時に少しは話ができた。


 父はいい人であったが、恵まれていなかった。祖父(沢木から見て)は

一代で通信機器会社を築きあげたが、役人との疑惑からその会社は

崩壊する。


 いいところの坊ちゃんであった父が厳しい世の中に投げ出される。特に

なにかの才能があったわけではないが、妻とともに沢木を含めた3人の

子供を育てあげた。


 「何もしなかったー」と父がつぶやく。父が名前を残すような偉業をした

わけではなく、それゆえ”無名”という表現でごく普通の父親であったと

沢木は振り返る。


 沢木に対して、手をあげることも大声をあげることもなかった父。死を

直前にして父との思い出が浮かんでくる。父を知ることは同時に自分

を知ることではなかったか。


 タイミング悪く沢木は父の最後に間に合わなかった。まだぬくもりが

残る父の額に手を当てる。母が父の髭を剃ってくれと言う。寝床の近く

にあった電気シェーバーをあご髭にあてる。


 人の髭を剃ったことのない沢木は少し手間どった。こうやって父の

肌に触れたことはなかった。沢木の心に激しい思いがつきあげてくる。


 父が死んだのだという動かしようのない事実が沢木を襲う。死を前

にして決して取り乱さない沢木が心の中では動揺している。このシーン

が特に印象に残った。

新田 次郎
栄光の岩壁 (上巻)
新田 次郎
栄光の岩壁 (下巻)

 1976年10月発行。

 主人公・竹井岳彦は昭和6年に生まれる。わんぱくな少年として知られ

いつしか山に魅せられる。そして、18のときに友人二人で冬の八ケ岳

に登り遭難する。


 友人は命は失い、岳彦は九死に一生をえて助かるがひどい凍傷を負って

左右の足の指全部と左足かかとを失ってしまう。


 友人を失った悲しみと姿を変えてしまった足に落胆する岳彦。一生歩く

ことは困難と言われる。歩行のたびに出血してリハビリに苦闘する。まさ

に血のにじむ努力の結果、岳彦は歩行を獲得する。


 歩けるようになると山への思いがふくらんでくる。足のハンディを腕と指

を鍛えることでカバーし、北アルプスを次々と自分のものにしていき、アル

ピニストとしての確かな地位を築いていく。


 そんな岳彦もなかなかアタックできない山があった。それは運動具店を

営む美しい女性・毛利恭子だった。なかなか思いを伝えられない岳彦の

純な気持ちが描かれる。


 伴侶と娘を得た岳彦だが、登りつくされた国内の山から関心がヨーロッパ

の山にいく。ヨーロッパ三大北壁のひとつであるマッターホルンの北壁は

まだ日本人未登攀であった。


 岳彦は友人・吉田を誘いマッターホルン北壁制覇に挑む。この物語最大

のクライマックスだ。絶壁に近い氷壁が二人の登攀を阻む。アイゼンのついた

靴を壁にたたきつけないと頑固な壁にはねかえされてしまう。


 それを繰り返しているうちに岳彦の足先は出血した。もともと弱い患部の

皮膚がさけたのだ。靴の中は血みどろになり、岳彦は血の気がひいていく。

トップをつとめる吉田にそれを悟られたくない。


 弱音をはけば吉田は登攀の中止を言うに違いない。岳彦は苦痛を顔に

出さなかった。だが、吉田はわかっていた。いつもの動きとの違いに岳彦

の異変を感じとっていたのだ。


 吉田は岳彦の心情を理解していた。それを口に出すことは岳彦のこの

北壁制覇に賭ける思いに水を差すことだと思った。吉田もまた一流の

アルピニストだった。


 死の影がちらつくなかで、岳彦は冷酷な氷壁を昇っていく。そして、・・・。



 この小説は素晴らしいの一言に尽きる。感動した。

 主人公・竹井岳彦の生き方がいい。周囲に流されることがなく、青春を山

にかける。一見わがままにも見えるが、自分の思いをあるがままに実践する

ことは難しい。


 凍傷による足指の切断、友人の死といったあらゆる困難にも真正面から

ぶつかっていきそれを克服していく姿に勇気づけられる。山というものを

抽象的に考えれば誰にも山がある。


 いろいろな山があって、いろんなアプローチの方法があるだろう。重要な

ことはその山から逃げないことだと思う。あらためてそんな思いを抱かせた

この小説に感謝したい。


 ちなみにこの主人公のモデルは、芳野満彦氏である。

 

 オウム真理教の松本被告の死刑が確定した。1996年に裁判が始まって

10年!結論が出るまであまりに長すぎる。


 審議は慎重にすべきだが、なぜもこう時間がかかるのか。事件の主犯が

何も語らず幕が閉じてしまった。この10年の間どれだけの無駄な税金が

松本のために使われたのだろうか。


 日本を震撼させたあのサリン事件も何かずいぶん前のことのように思える。

それはひとつに凶悪な事件がたて続けに起こっているからであって、新た

に事件によって前の事件が薄れてしまう。


 審議がすすまない理由に松本のだんまりがあったのかもしれないが、

単に時間かせぎとしか思えない。松本のペースに乗せられた司法の怠慢

ではないのか。


 そして、刑の執行までまた時間がかかるだろう。加害者に甘い日本の

裁判を嘆く。


 


 ハンカチ王子こと早稲田実の齋藤が大学を選んだ。インタビューは見て

ないけれど記事を読むとマウンドと同様に落ち着いた感じを受けた。冷静

な判断だなと思った。


 甲子園で活躍したからといってプロでも同じようになれるとは限らない。

逆に注目されなかった選手が伸びることがある。


 もともと大学志望だったこともあるが、遠回りなようでも大学に入って

もう一度自分を見つめなおすことに意味があるように思う。人間的にも

さらに成長することで、一回りも大きな投手になれるのではないか。


 そして、大学後は日本プロ野球ではなくてメジャーを目指してもらい

たい。荒々しいスラッガーを前に涼しげな顔で投げ込み、ピンチ

の時にはハンカチで汗をふく姿を見たいと思う。


↓来春には「早大・齋藤」誕生か

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/saito_yuki/?1157980912