冴子の瞳に決意の色が強くなった。


海音はそれを反らしたりしない。逃れられない運命を背負っているのは解っていた。でも待っていたわけではない。できればこのまま時期がこなければいい、と願っていた。


でも時間はきてしまった。


だから精一杯向き合うしかない。自分にはそれしかできないから・・・・・・。




「人魚姫のお話を何度もねだったわね・・・・・・。憶えてる?」


過去を振り返る冴子は、物語の結末と同じ哀しい声で海音に呟いた。


自分の声と引き換えに肢を手に入れたのに、結局王子さまは別の王女を選んだ。


王子さまを深く愛して殺すことができず、海の泡になる運命をうけいれた人魚姫がかわいそうだった。


「この物語を初めて読んであげたときに、海音ちゃんは泣いて泣いてそのまま眠ってしまったわね」


冴子の瞳は確かに海音を見つめているのに、遥か遠くを捉えていた。


「西洋に伝わる人魚たちは、人間の男によって愛されて魂を手に入れることができるの・・・・・・。だけど選ばれない人魚たちは人間にもなれず、人魚にも戻れない」


「冴子・・・・・・おばさん?」


「でも日本に伝わる人魚は全然違うの」


冴子の言葉が冷たく鋭い針のように、海音の胸を容赦なく刺し貫いていた。


「冴子さん・・・・・・」


胸を押さえながら海音が上半身を起こすと、冴子に抱きしめられた。


「日本の人魚は・・・・・・。人魚の肉は、不老長寿の妙薬とされているの」


背中に回された冴子の腕に先程の針のような鋭さは無く、心地よい暖かさと強さが込められ掻き抱かれた。


「粉浜家は昔、豪農で長者で村で逆らう者など誰一人いない、絶対の権力者だったわ」


冴子は、海音の頭から背中の真ん中辺りで切り揃えられた髪を優しく撫ぜて話を続ける。


海音は一言も聞き漏らさないように耳を研ぎ澄ます。


「でも、気がかりなことがあった。一人娘である波津(はつ)は幼いころから身体が弱く、両親はあちこちで評判の医者を呼び、遠方から高価な薬を惜しみなく取り寄せ、なんとか跡継ぎになる娘の為に懸命に心を砕いていた。しかし一向に良くなる気配もなく、病名もはっきりしないまま、真綿で首を絞められていくようにゆっくりだけど、確実に波津の体力は日々衰えていったの」




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