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♪優真♪のまったり日記

趣味全般について、まったりと書いていきます。

ブログのタイトルに沿った記事が書けずに焦っていましたが(笑)、今日は震災後初めて暗室作業をしましたので、アップしたいと思います。 私の暗室は3畳ほどのキッチンを改造して書斎兼暗室にしており、狭いながらも本人的には快適に良くできていると自己満足しています。我が家は元々2世帯住宅として建てましたので、住宅補助を受けるために1階にも2階にもキッチン、トイレ、バスを作らなければいけませんでした。ただ、はじめから2階の物は殆ど使わないだろうと言うことで、この3畳ほどのキッチンはシステムバス(シャワーのみ)の脱衣所も兼ねています。最初は全面物置になっていたのですが、その後家内の書斎となり、私が自家現像を始めるときに私の書斎と交換してもらって今に至っています。詳しいスペックやこだわりのポイントなどは今後改めて書いていきたいと思いますが、とりあえず今日はこんなところで。 キャビネx30枚、四つ切り10枚程焼きました。ほぼ12時間暗室にこもり、でたのは食事とトイレと子供の習い事への送り迎えだけでしたので、疲れましたが、やっぱり焼き上がりを眺めながらコーヒーを飲んだりすると、ニヤニヤしてしまいます。うんうん、やっぱり銀塩はいいね!
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4つ切りまでは快適に作業できます。今年は工夫して半切にトライしてみたいです。
3月11日午後2時46分、宮城沖で未曾有の大地震が発生しました。私は当時丸の内のオフィス(11F)にて会議中でしたが、起震車での経験を思い出させるような揺れを体験しました。 全員に机の下に潜り込んで揺れが収まるまでじっとしているように指示しましたが、本当に生きた心地がしませんでした。 物心ついたときからこのような訓練をしてきましたが、本気で机の下に逃げ込んだのは、今回が初の様な気がします。その後諸々の処理に忙殺されてしまい、今やっと少し落ち着きを取り戻しつつあるところです。

自宅は船橋市なのですが、本棚から本が数十冊落ちてきた以外は被害が無く、普段から対地震用の突っ張り棒をかっておいたり、食器棚は飛び出し防止の金具をつけておいたことが、非常に効果的であったことがわかります。ただし、まだ頻繁に余震が続いていますので、これからも油断はできません。

被災地の皆さまには心よりお悔やみを申し上げます。私にできることを1つでも少しでも見つけ、実施することで1日でも1時間でも早い復興に役立てればと祈っております。


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会議室の書類棚が倒れてしまいました。転倒防止用の留め具6個を引きちぎっています!(驚)
きたる12日(土)の vs 西武戦で堀幸一選手の引退試合が行われます。
1989年にロッテオリオンズに入団とありますから、私がまだ25才の頃です。
それからロッテ一筋に歩んできたベテランにも、ついにユニフォームを脱ぐときがきてしまいました。
私がマリーンズのファンになったのはロッテが千葉にやってきてからですから、まだ日が浅く、
まして球場に足繁く通う様になったのは、ヴァレンタイン監督になってからですから、更に最近のことといえるでしょう。 そんな私にとって堀選手の印象は「頼りになるベテラン」ということでした。
特にヴァ監督下で優勝を果たした2005年頃はその勝負強さと美しい流し打ちで、強い印象を持っていました。また、プレー中のいぶし銀の顔とは別に、ウォームアップの時などに見せる子供のような笑顔が素敵な選手でした。 2010年、戦力外通告を受けた後も彼は現役にこだわり、ペナントレース優勝を目指して戦うチームメイトを横目に見ながら黙々とトレーニングをこなし、もう一度グランドでプレーする事を目指しました。しかし、トライアウトで結果を出すも、残念ながら声をかけてくれる球団はありませんでした。 仕方のないこととはいえ、本当に残念です。

球春の始まりは去る者を送る事と重なります。 
ファンから送られた大量の紙吹雪の中グランドを去っていった諸積選手。サブロー選手達と魂のこもった対決をし、その勇姿を目に焼き付けて去った黒木選手、どちらも思い出すと今なお涙腺が緩んでしまう素晴らしい引退セレモニーでした。 今週末も熱烈なマリーンズファンが今シーズンの始まりを喜びつつ、大いなる功労者堀選手を、最大限の感謝を込めて送り出す事になるでしょう。私もささやかながらスタンドから感謝の気持ちを伝えに、新しくなったマリンフィールドに行きたいと思います。
堀選手、長い間本当に有り難うございました。 m(_ _)m

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ピンバッジコレクションの中から堀選手の物のだけ並べてみました。もっとあったと思ったけど・・・(涙)