2009年4月より小学校に復学をすることになった。担任はベテランのS先生に決まった。病気の後遺症もあり疲れた時に休める休憩室を準備してもらった。簡易ベッドと私が付き添えるように椅子と机が置かれた。図工室の一部なので、図工の授業の様子を耳で聞くことができた。朝は、学校の専用駐車場を利用させていただくことにした。帰宅もマイカーにて、息子の疲れがでないように配慮いただいた。導線は、全て整った。長期の欠席から、病気をどのように伝えるか悩んだ。同学年のPTAには、正直に伝えることにした。同級生には、言葉を選び伝えることとした。これらの段取りは、事前に私1人が学校に伺い、教頭先生をはじめ校長先生そして担任予定の先生と
話し合った。保健室の先生にもお会いし、
病気の資料と薬や現在の症状をお話しした。息子の登校前に、事前に同級生やPTA
に私がお話しする機会をつくっていただくことになった。
数日後、久々に、同級生の保護者の皆様とお会いした。ちょうど、新学年の集まりがあったようで、別の場所に待機して呼ばれるのをまった。S先生より合図をいただき、教室に入った。見覚えのある皆様の視線が一同に私に注がれた。
「こんにちは、ご無沙汰しております。4月より復学をさせていただきます。息子は、7月末に、良性の脳腫瘍が発覚し、
神の手の福島孝徳先生に診察いただきました。その後、小児科のバックアップのある
病院にて、M先生に手術していただき
寛解状態です。復学しても、後遺症があり
今までのような学校生活は、今のところ難しく、サポートをしての通学となります。
御理解の程よろしくお願い申し上げます。」
なんとか現状を自分なりに話すことができた。PTAの皆様と、会が終わり個人的に
話しが出来、皆、御理解いただき、優しく労ってくださった。その後、子供達のいる
教室に行き、息子のことを伝えた。
頭の中に良性のお出来ができたので、
手術で取り除いたと伝えた。以前眼科の女医に告げられた言葉を使った。息子がスムーズに復学するための私の任務を終えた。
かなり疲れた1日であった。