前回新しいメニューについてお知らせしましたが今回から思うことを書いていきたいと思います。
自分があらためてADDなんだよねと思ったのは長男が不調を感じて自発的にクリニックを受診したことに端を発します。
長男はADHDと診断されました。
大人になってからの診断で受け入れるには少々時間がかかりそうですが。
受診に同行したり本人用の調査書類を見るうちに、ああ!とあらためて気づくことが多くて妙に納得したのです。
自身の体験から思うことはいろいろありますが、子供の頃からの生きづらさはやっぱりここに起因していたんだろうねと。
ADDやADHDは病気ではなく脳の機能の問題だと言われてますが、ぼく自身が当事者として考えると例えれば脳が常にフルスロットルで働き続けているために、思考の過程や組み立てを飛ばして結論が導き出されてしまう。
そのことに本人が気づいていないものだから人に説明をすることがうまくできない。
ひいてはその結論が簡単なことなのにと思うので他者が理解できないことがわからない。
そんな風に生きてきたんだと思います。
また興味を惹かれるものについてはあえて学習しなくともどんどん知識の引き出しは埋まる反面興味を持てないものに対しては学ぶことも辛くちっとも頭に入らない。
じっと机に向かうことさえ苦痛でした。
幼い頃から大好きな絵本は空ですべて言えるほど覚えているのに、親が好きで繰り返し読み聞かせてくれた本は内容すら覚えていない。
学校の勉強でも好きな科目は勝手に進めて学年半ばで覚えてしまうのに、残念ながら数学などは何度ドリルをやっても成績には反映されない過去を思い出しました。
また人付き合いもとても懐っこくすぐに友達になりますが常に一過性。
時間の経過とともに違う交友関係になってしまいます。
結果として62歳になった今でも親しい付き合いの友人というものがいない。
そしていないこと、関係が切れてしまっていることにはさして興味がないという。
まあそんな僕ですが今は生きることに不便を感じてはいないです。
さてお話しはまだまだ続きます。