ブログネタ:自分に足りないな、と思うことは?
参加中結婚もしているし、背もありますので足りないものはお金ということになりますか(意味が分かる人は自分がもう若くないということを自覚しましょう)。
まあ、その話はさておき、なくて困っているわけではないんですけど、自分に足りないなと思うのは、例えば辛抱とか、ガマンとか、その辺です。
というか、辛抱とかガマンとかはしないことにしています。
だって、嫌なことをやるのって、嫌でしょ?
嫌なことをガマンしてするとか、嫌な目にあっても辛抱するとか、基本的にそういうことはしません(きっぱり)。
体験上、あの時もう少し辛抱していれば、とか、あの時ちょっとだけガマンしていれば、ということは沢山ありますよ。
仕事でも、上司がバカだったことが多々ありました。
何年かガマンすれば、上司が変わったり、自分がプロモートされて立場が逆転したりしたんでしょうが、バカ相手に何年もガマンするのは嫌でした。
そもそもそんな馬鹿を役付きにしている会社もバカだし、いくらでも仕事はありましたから。
例えば取引先が筋の通らないことを言ってくることもありましたね。
そういうときは、取引はこちらからお断りしました。
ちょっとガマンして取引したら結構な利益は出たはずなんですが、そこまでして儲ける気もありませんでしたし。
わかってはいるんです。
ちょっとのガマン、ちょっとの辛抱が結局自分の保身や安定に繋がるということは。
でも、私の性格は、曲がったこととか筋の通らないことは許せないんです。
そのほとんどが目くじらをたてるようなことではないんでしょうが、その辺りをうまくやっていけるのであれば、私も日本に居られたと思います。
実際日本にいるほとんどの人は、ガマンや辛抱を重ねながら生きているのだろうと思います。
まったく頭が下がります。
私の場合は、それが出来ないからアメリカまで来ちゃったんでしょうね。
アメリカでは、やりたくないことはやらない、というのが通用しましたから。
もちろん、その分のしわ寄せは全部自分に降りかかって来ますけど。
自分で責任を取れるのであれば、どんなことをやってもいい(やらなくてもいい)のがアメリカです。
その代わり、自分のやり方を通すには、それなりに風当たりが強いです。
たまたま私はそういう生き方をしていますが、我慢や辛抱して生きている人を否定する気はまったくありません。
むしろ、尊敬します。
私が出来ないことを出来る人達ですから。
尊敬しますけれど、羨ましいとは思いません(ある意味思いますが)。
できたらいいだろうなとは思うんですが、自分に出来るとも思いませんし、やろうとも思いません。
足りないとは思いますけど、それで困っているわけでもないし、何とか身につけようとしているわけでもないし。
今も足りないし、これからもずっと足りないんでしょうけど、多分このままずっと生きていくんだろうなぁ。