題名にある「丁先生」とは、漢方の第一人者であり、日本薬科大学の学長を務める丁宗鐵ていむねてつで、彼は南伸坊の主治医でもある。七年前に南は、別な医者に肺がんの疑いが濃厚であると診断された。南はセカンドオピニオンを確認するために丁のもとを訪れる。このとき丁は健康とは簡単に正否を付けられるものではないことを穏やかに、経験と研究に裏打ちされた言葉で語り、南の前にまったく異なる視座を開いた。話を聞くなかで南は、西洋医療的視座がいかに深く現代を領しているかを知る。

この出来事が本書を貫く原体験になっている。様々な人生があるように、様々な健康への道がある。考えてみれば当たり前のことだが、現代でそれを生き抜くことは難しい。医療システムがそれを拒むのである。この本での「漢方」とは、単に中国の伝統的な治療法を指すのではない。それは人間という存在を全的にとらえようとする、近代的合理主義とはまったく異なる世界観でもある。健康への門は現代人が思うよりもずっと身近に広く開かれている。日常に静かに、深く寄り添う良書である。

丁先生、漢方って、おもしろいです。
朝日新聞出版 1400円