この前の日曜日は山形県東根市にある陸上自衛隊神町駐屯地で挙行された
創立記念行事(観閲式)を参観致しましたが・・・

これから福島県いわき市に帰って月曜日は通常勤務ですから
どうしても早く帰らなければなりません
14時からB庁舎前で行われる福島第44普通科連隊隊員による
ファンシードリル実演も見たかったんですがね。
残念ながら13時には神町駐屯地を後にしました。

東北中央自動車道を南下して米沢市経由で栗子峠を越えて福島市へ
山形盆地は平たいですねぇ

福島JCT→伊達桑折JCTから福島相馬自動車専用道路に入って霊山ICで下車。
国道349号線→国道459号線→浪江→常磐自動車道でいわき市四倉町へ帰りました。

福島県伊達市では市議会議員選挙のようでポスター掲示場が設置。
左下の赤角枠に白抜きの投票日表示は・・・かつて住んでいた郡山市の選管と同じ仕様。
んだら福島県中通り地方では同じ業者さんが公職選挙のポスター板設置を
請け負っていると察しますが・・・んだばい

伊達市月舘町下手渡って場所。

史跡下手渡藩陣屋跡があります。
下手渡藩って御存知ですか
超ディープな日本史(江戸時代史若しくは戊辰戦争史ファン)じゃなきゃ知らない藩。
だって江戸時代後期~末期の63年間しか存在しなかった小藩ですからね。
私も最近になってグーグルマップを閲覧しながら下手渡藩陣屋跡の存在を知りました。
今回訪れたのは国道349号線を初めて通っていて偶々見つけました。

下手渡藩陣屋跡。
1万石の小藩ですから御城はなくて陣屋。
そもそもは九州の守護大名大友氏系戦国大名立花氏の
三池藩(1.4万石)が転付されて創立されたのがこの下手渡藩(1万石)
近世大名立花氏と言えば誰しも大藩であった柳河(柳川)藩を思い起こしますが、
三池藩の立花氏は柳河藩の立花氏と同族だったみたいですね。
正直、知らなかった
昨年のNHK大河ドラマ「べらぼう」でも描かれていた松平定信と徳川(一橋)治済の対立。
小藩だった三池藩主の立花種周は幕閣で若年寄の重鎮だったんですな。
しかしながら「一橋派」に組みした種周は定信との政治抗争に敗北して失脚。
先祖伝来の北九州から飛ばされて遙か離れた東北の小藩に左遷されたというわけ。
色々あって下手渡陣屋(0.5万石)と三池陣屋(0.5万石)と1,000km離れた二つの領地
を所有する下手渡藩(1万石)ですが・・・
幕末期における戊辰戦争では三池陣屋では新政府軍に組みし、
下手渡陣屋では奥羽越列藩同盟に組みする苦渋の選択をせざるを得な状況に。
それでも下手渡藩内で対立することなくナントカしようとする努力はかなり立派です。
しかしバリバリ佐幕派の仙台藩はこのようなコウモリ的態度を示す下手渡藩に激怒
下手渡藩領に侵攻した仙台藩兵200名はこの下手渡陣屋を焼き討ちして
下手渡藩は消滅(=三池藩として再興)する結果となります。

明治維新後に旧下手渡藩士の方々が建立した石碑。
そりゃ九州出自とはいへ60年間もこの陸奥の片隅に暮らしていた藩士にとっては
再び三池に戻ったにせよ「故郷」はこの下手渡の地だったってのは分ります。

こんな歴史がこんな福島県の片隅にあったなんでねぇ

こんな片田舎に大名の陣屋があったなんてねぇ

この純然たる田園風景ですが200年前はこの場所に
(1万石とはいへ)幕藩体制による近世大名が政治を司る藩庁(陣屋)がありました。
ヘァ~としか言いようがないです。

更に国道459号線へ。
旧街道って良いですが人が住めない場所ってのがなぁ

片交の場所多し

この辺りは帰宅困難区域ばかりであります。
線としての幹線道路は通れますが面としての入れない。
地域としての除染作業はこれからの課題ですかね。

パトロールカー(警察か行政かは分らんけど)が走り回って居て
四輪車から降りるのも気が引ける場所。
まぁ人が住めない場所ですから空き屋の泥棒とか
産廃の不法投棄が多発していると察します

東北電力㈱さんの昼曽根水力発電所で寄り道。

道路上から圧力水管が望めるって素敵だなぁ

昼曽根水発は福島県内でも最小規模の水力発電所のやうですが・・・
でも素敵だなぁ
水力発電所好き
火発も原発も地発も好きだけど。